第37話 先輩、起きてください!

 「なぁ、香澄」

「なんでしょう」

「……いや、作っておいてもらって言う話じゃないが」


 テーブルに並ぶ夕飯。そのラインナップはまぁ、簡単に言えば。


「健康的なメニューだな」

「好き嫌いは認めませんよ。手枷足枷縛り付けてでも食べさせます」

「いや、まぁ、食べられないくらい嫌いな食べ物もアレルギーも無いが」

「それは良かったです。それと先輩、食べながら本を読むのはよろしくないです」

「あ。あぁ」


 アウトドア雑誌の最新のキャンプグッズ。なかなか面白かったのだが仕方ない、後で読もう。

 ご飯、糸こんにゃくにキムチを添えられた冷麺風の何か。豆腐サラダにトマトの味噌汁。デザートは薄切りのリンゴが添えられたヨーグルト。


「ダイエットメニュー?」

「先輩はまず、不摂生で溜まった毒を出してもらいます」

「あぁ、デトックスか」


 手を合わせる。とりあえず気になった奴から手に取ってみる。

 パッと見あっさりとした物足りない印象のラインナップだが、食べると実際、美味しい。


「この冷麺風の糸こんにゃく、結構好きだな」

「そ、それは良かったです」

「どう作ったんだ?」

「えっと、湯通しした糸こんにゃくを冷やして、それから醤油と白出汁と、胡麻油をサッとかけて、キムチを添えただけです」

「へぇ。今度試してみよ」

「別に作りますよ、このくらい」

「自分でも作れるようになりたいんだよ。良いと思ったものは、自分でもできるようになっておきたい。本当、料理上手くなったよな、香澄」

「きゅ、急になんですか。持ち上げるようなこと」

「いや……そういえば恵理の先生との面接はどうなったんだろうな」

「あぁ、そういえば聞いていませんでしたね」


 一回の試験で全教科九割以上を取る、それだけなら難しいことではない。ただし、今後それをバイトもしつつ維持する覚悟があるのか。それを問うのが担任と学年主任との面接だ。 

 俺が高得点に拘り、香澄がやり方と段階を踏むことに拘ったのは、そういうことだ。

 だが、維持できるかとか、そんな質問。その場限りで『できます。できなければ校則に従い大人しく辞めます』そう言えば良い。あとはその場限りの宣言を本物にできるか、それだけだ。


「あっ、上手くいったらしいです」

「そうか、なら良い」


 夕飯を終え。俺は改めて本を開く。香澄も隣で。夕飯を食べたとは言え、少し早かった、まだ六時過ぎたくらいだ。なのだが。


「……流石に疲れたか」


 肩にもたれかかる重み。香澄は目を閉じて寝息を立てていた。

 少し寝かせよう。一時間くらい。それから家に送ろう。

 温かい。人肌。誰かの体温をこんなにも近くに感じたのはいつ振りだろう。

 どうしてこんなにも俺は、安心しているのだろう。


「気を許せる奴ね」


 その通りなんだろうな。なんてぼんやりと考える。

 さりげなく頭を撫でて、俺は本に視線を落とした。正直癖になる。この感触は。

 

 

 

 「はっ、すいません。先輩」


 びくっと身体を震わせ唐突に香澄は立ち上がった。


「よく眠れたか?」

「は……はい」


 そう言いながら俯いた香澄、その口元。


「ほれ」


 俺は慌ててティッシュを差し出した。


「えっ?」

「折角綺麗な服着てるんだ。涎を落とすな」

「あ、え……ありがとう、ございます。い、今言いますか……会った時に……いえ、なんでもありません」


 白のワンピースというシンプルな服装だが。まぁ、なんだ。正直、似合ってる。綺麗だ。うん。そんな感じ。


「ほれ、じゃあ、送るから」

「あ……はい。すいません。お役に立てず」

「夕飯作ってくれたじゃないか」

「そうですけど。でも」

「大丈夫だ。出来上がったものには意見が欲しいがな」

「はい」


 それから夜の街に二人で繰り出す。駅前の方に行けば、平日と変わらない賑わいが見れるが、それでも、少しだけ普段より静かな気がする。


「先輩、私、言ったことは守りますから」

「お?」

「生活習慣、改善してもらいますからね。先輩改善計画です。つきましては、夜ふかししないように」

「はいはい」


 なんか変なワードが聞こえた気がする。先輩改善計画、だと……? 

 そんなことを言われた次の日。朝。呼び鈴に起こされた。


「……なんだ」

「おはようございます。先輩。朝ご飯持って来ました」

「えっ」


 黒のワンピ―スに身を包んだ香澄が玄関先に立っていた。

 ……冗談じゃ、無かった、だと。


「これから夏休みの間、毎朝こうしますから」

「えぇ……香澄、辛くない?」

「いえ、全く」


 早起きが苦にならないタイプか。


「今日は夕方からバイトでしたね。あ、これ。完成したのですね……何時に寝たのですか?」

「一時には終わったよ」

「そうですか。なにも一日で終わらせることに拘らなくても。って、ソファーで!」

「おやすみ」

「二度寝!」


 休みの日の特権だろ、二度寝。素晴らしきものだぞ。


「せんぱーい。朝ご飯……」


 なんか聞き慣れない涙声聞こえるし。はぁ。


「わかったよ。食べる」

「わかれば良いのです。二度寝は怠惰です」

「そうか」

「寝るのが遅いから起きるのも遅くなる。当然の理屈です。今回は事情が事情ですが、それも割り切って今日の朝にやるという選択肢もあった筈です。今日は一日頑張り、早く寝る。そして明日、ちゃんとした時間五起きる。朝日を浴びて活動する。朝ご飯を食べる。健康的な生活習慣への第一歩です」


 と、くどくどがみがみと……おかんか。俺の後輩は。

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