第35話 先輩、意見、ですか?

 俺達が訪れたのは駅前の図書館。この街、駅前で大体の用事が済むから気に入っている。

 理事長はアウトドアと言っていたな。

 何か調べる際、とりあえずまずは基礎から。当然のことだけど、意外といるのだ、いきなり一流とかプロの技術を目指して、それを真似しようとする奴。そんなこと、いきなりできたら世の中みんなプロだ。

 昨日までハイハイしていた赤ちゃんが今日急に走れるようになるなんて、という話だ。一流の技を知っていても基礎を知らなければそれの有用性だってわからないだろうしな。


「一を聞いて十を知るの先輩が言うと悠長に聞こえますが、大事にしたい考えです」

「俺だって別に、万能ってわけじゃないんだ」

「……そうでしたね」


 本棚の間、なるべく最新の本を探して練り歩く。外はくそ暑いけど、図書館の中は涼しい。避暑地兼勉強場所を求めてやってきた学生で溢れ返っている。


「しかしながらどうして図書館? 最新を探すのなら本屋では?」

「あぁ。その資料が有用かどうか、中身見ないとわからないからな。本屋で立ち読みは憚られるけど、図書館ならその場で読める」

「……それは読んでいるのですか? パラパラ漫画とは違うんですよ」


 先輩はさっきから文字を目で追いもせず、ページを全部捲り終わったら本棚に入れている。


「頭の中に入れて読んでる」

「何さらっと凄い事言っているのですか」


 この人全部記憶しているのか?


「文章を記憶しているというより、ページを映像記憶として記憶して、それを後から速読しているだけだ。よし、これとこれにしよう。次は……んー」


 ……つまり同時に三つの作業をこなしていると……。


「香澄はどう思う?」

「へ?」


 先輩がさらに、サバイバル技術の本をペラペラと捲り、借りることに決めたのか脇に抱える。


「何が、ですか?」

「借りる本、香澄の意見を聞きたくてな」


 そう言って先輩は、選んだ本を二冊差し出してくる。


「……あー。先輩が良いなら……」


 いや、先輩は必要だから、私に意見を求めた。なら。

 考える。先輩が選んだ二つは、写真付きでキャンプや釣りといった、アウトドアレジャーの代表格の基本が学べる本だ。基本的なことは確かにこれで抑えられるし、初版が刊行された日付も結構最近と言える。もう一冊はナイフ一本で山の中で生き残るというテーマで書かれた本。キャンプの応用編という印象だ。とすると。


「その……本屋さん、行くの、ですよね?」

「あぁ。そのつもりだが」

「雑誌……アウトドアの雑誌というものが、あるらしいので。私は、それを見たいと考えます」

「よし、なら早速行こう」


 香澄は安心したように笑う。香澄の言ったこと、それは俺も考えていたことだ。

 ただ、考え方の違う香澄からも同じ意見が出た。その事実が嬉しかった……変だな、この程度のことで喜ぶなんて。

 俺にとって、香澄は、何なのだろう。

 飯田が言っていた。気を許せる奴。

 俺はいつも、俺を観察している自分を用意している。俺の行動に逐一意見を言ってくる嫌な俺だ。そいつが今の俺を「随分と気を抜いているじゃないか」とせせら笑う。


『助けられることは弱いですか?』

 恵理の問いに俺は。『誰かと一緒に、遠くに、より遠くに手を伸ばせることは、良いと思う』と答えた。


 一人でいることは強いことかどうか、まだわからない。ただ、俺の一人は孤独なだけだった。俺は孤高じゃなかった。


「先輩?」

「ん?」

「借りるの、ですよね?」

「あ、あぁ」


 カウンターで手続きをして。一週間後が返却期限。それから図書館を出て。


「本屋行く前に飯でも食うか」

「はい!」

「俺のおすすめって言ってたな。そうだな……」


 そろそろ、香澄にあれ食わせるか。

 とりあえず今の俺にとって香澄は。もしかしたら。……なんだろ。

 なんとなく前髪を引っ張った。上手く言葉にできない。それっぽい言葉がいくつか浮かぶけど。どれも近いようで何か違う。そんな感じがして。

 炎天下、夏の真昼間の街に繰り出す。暑さで頭がやられたんだ、きっと。


「先輩、何か落としましたよ」

「あっ、悪い」

「いえ」


 学生証。図書館カードと一緒にしている。ポケットの奥にちゃんと入れられてなかったか。


「あれ」

「どうした?」

「あっ……いえ」


 首を横に振る香澄から学生証を受け取る。


「行きましょう」

「おう」

「……ふんす!」


 なにやら気合い入れてるけど……どうしたんだ、香澄。 

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