第34話 先輩、お出かけです。
次の日。朝。
「さて、選ぼうか」
そう言ったのは私の友人、南恵理さんだった。どうしてか制服姿で私の部屋で腕組みふんすと鼻を鳴らす。
「あの」
「んー?」
「なぜ私今、恵理さんに服を選ばれているのでしょうか?」
「えー、カスミちゃんが昨日言ったんじゃん。明日センパイと出かけるので―、どの服を着替えて行けば良いのでしょうかーって」
「言いましたけど。候補の写真、送った気がします」
「んーでもさ、この際全部見ちゃおうと思いまして」
「言うほど私、持ってませんよ」
「どれどれ?」
恵理さんはクローゼットを開き。引き出しを開き。
「わお、可愛いの揃ってるじゃん。じゃあ、とりあえず」
「下着から選んでどうするのですか」
「えっ? いらないの? 勝負下着」
「何の勝負ですか!」
「んー?」
「えっ?」
いや、意味はわかる。咄嗟にツッコんでしまったけど、どういう意図で付ける下着かくらい、わかる。
「まぁ冗談だよ。センパイも、多分そんなこと考えてないだろうし。じゃあねぇ。うーん。カスミちゃん、ラインナップ少ないねぇ」
「そ、そうでしょうか」
「おしとやか系に寄っちゃってるねぇ。ショートパンツとか無いの?」
恵理さんのように手足を晒す勇気なんてあるわけがない。
「……ラフな方がよろしいでしょうか?」
「いや、そうは言わないけど……んー。ギャップで攻めたいって気分だっただけだし。カスミちゃんのスタイルだと、何でも似合いそうだけどさ」
「はぁ」
「スレンダーって良いねぇ」
「物は言いようですね」
「今度服、買いに行こうね。水着も買いたいし」
「そうですね」
プール、か。
「恵理さんは泳げるんですか?」
「うん。泳げるよ」
「そう、そうですか……」
「んー? ふーん」
「な、何ですか」
「泳げないんだ」
「なっ……そ、そうですよ。悪いですか」
いや、悪い。泳げた方が良いに決まっている。ただ、どうにも……上手くできない。なんかこう、沈んでいくんだ。ずぶずぶと。
「ふーん。センパイに教えてもらいなよ」
「なっ……恵理さん、その、事前に行って特訓していくのは?」
「んー。バイト代入るとはいえー、節約はしていきたいなーその分みんなと沢山遊びたいし」
「むっ、むぅ」
「あはは。良いじゃん。センパイと一緒に泳ぐ理由できるよ?」
「そ、そういうのは……」
というか、あの先輩がおかしいんだ。なんで運動までできちゃうんだ。
「……どうですか?」
「うん。カスミちゃん、良い身体してたね」
「そんなことは聞いてません」
「冗談だよ。似合ってる。お嬢様だね」
「……やっぱりラフな服、今度探すの手伝ってください」
「うん。任せて」
ニヒッと笑う恵理さんは、やっぱり。
「ありがとうございます。恵理さん」
「あは、良いよ。あたしも楽しいもん」
そう言って恵理さんは立ち上がる。
「じゃ、帰るね」
「あっ。朝食だけでも」
「ううん。今から先生と面談してくるからさ。電車乗らなきゃ」
「では、こちらを」
恵理さんが扉を開けた先、松江さんがプラスチック容器に入ったおにぎり二つを差し出す。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます。松江さん」
「客人に何も持たせず帰らせるようなことはいたしません。香澄さん、お似合いですよ」
「あ、あはは。では、私もそろそろ」
「いってらっしゃいませ」
……思えば、友達を家に招いたのは初めてだった。
「カスミちゃんの家、凄かった。これが高級マンション……」
「恵理さんの家も立派だったと思いますよ」
「あは。まぁ……あはは」
「ん?」
外に出る。それからどこかふわふわした気分のまま歩く。そっか、これから先輩に、会うんだ。なんか、身体が軽い気がする。
「クククスッ」
「急に変な笑い方を」
「楽しそうだなーって」
「そうでしょうか?」
「うん」
でも、否定はできない。少し浮かれているのが、自分でもわかる。
駅前は少しずつ賑わい始めている。始まった夏休みを全力で楽しもうと。
「すぅー。はぁー」
「頑張ってね!」
「いえ。その。わざわざありがとうございました。朝から」
「ううん。良いよ」『いまは、いえにいたくなかったし』
微かに聞こえた呟きは、風に掻き消えて。空耳なのか判断できなくて。
「恵理さん?」
「じゃね。次に会うのはバイトかなー」
と言いながら、改札の向こう側に吸い込まれるように消えていく。
今の恵理さん、なんか、変だった。普段の明るさとか無くて、ちょっとこう、陰があるような気がして。
「……なんか、違和感」
「何がだ?」
「先輩! お、おはようございます」
「あぁ。おはよう。それじゃあ、行くか」
「はい」
先輩は前回見たような、白と黒を基調にした、どこに行くにも困ら無さそうな恰好だった。いつものように、感情が見えない顔をしていて。でも、顔色は少し良くて。
「お互い、服のレパートリー少ないですね」
「選ぶのに時間をかけるのもな」
「世界一有名な経営者みたいなことを言うじゃないですか」
「流石に同じデザインの服しか着ないってことはないけどな」
歩いていく。二人で。気まずくない。自然だ。今の私。
「楽しみにしてますよ。先輩が選ぶ店」
「メインの目的は違うからな」
「はーい」
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