第22話 先輩、待っててください。

 次の日。私は早速動き出していた。いつもより早く、松江さんに頼んで車を出してもらって学校に行って。


「布良先生。おかしいとは思いませんか?」

「まぁ、おかしいとは、思うよ。けど……」


 朝、既に出勤していた布良先生に進路相談という名目で連れ出し、進路相談室という名の個室を借りることができた。

 布良先生はどうしたものかと言いたげに息を吐いた。


「証拠がない。それに、不正対策は厳重なんだよ。生徒だけじゃなくて、有坂君が入学してからは先生も。中学時代苦労したらしいから理事長が指示してね。テスト返却が完全に終わるまでの一週間は学校出る時はいちいち持ち物検査受けないといけないし。ゴミ箱は回収の度に全部調べられている。シュレッダーの紙切れまでもだよ」

「す、すごい」


 そういえば言っていた、答案を不正されたことがあると、……それって生徒じゃなくて、先生からあった、ということ。


「それに、答案は全部、試験後は職員室の金庫に保管される。金庫の鍵は教頭の机。採点の時に取り出して、終わったらそこに片づけなければいけないの。持ち出しは記録しなきゃいけないし、一日三回、人数分あるかチェックされる」

「なるほど」


 確かに、じゃあ……。


「不正は、難しい」

「そうだね」

「……布良先生」

「ん?」

「理事長に、会わせていただけませんか」

「え。えぇ。んー。うーん。うん。ちょっと待ってね」


 布良先生はスマホを取り出し、どこかに電話を掛けながら窓際へ。


「はい、はい。そういうわけでして。えっ、あっ、わかりました。では、すぐに。じゃあ、行こうか、双葉さん」

「あ、会えるのですか」

「事情を話したら。そういうことだったら連れてこいと。……理事長、急に機嫌よくなったなぁ。なんでだろ」


 理事長。この学校の理事長。凄い人という噂を結構聞いている。大量の子会社を抱える大企業の社長もやっているとか、教師としても名手とか。化け物とか、世界のバグとか。

 勢いで会わせてくださいと言ってしまったけど、大丈夫かな……いや、私は先輩に宣言したんだ。何かしら成果を持って行かなければ。

 校長室の隣、さらに大きな扉。理事長室。


「理事長、失礼します」

「あぁ、入れ」


 扉を開けると、一番奥の机、窓の方を向いて立っていた女性がゆっくりと振り返る。


「ようこそ双葉君。うちの優秀な生徒の一人とこうして会えて、僥倖というものだ」

「こちらこそ。お時間いただき、光栄です」

「くくっ。まぁそう畏まるな。若いうちは勢いが大事だ。さて、事情は聞いている。君は私に何が聞きたい」


 何なんだ、この人。顔を上げられない。頭を下げているのが自然な気がしてしまう。


「……理事長、持ち物検査、捨てられていたゴミの精査で、何か異常はありましたか?」

「今のところはない。故に、有坂君の答案がすり替えられた可能性は今のところない。そして、彼がボールペンで答案を書いて良い、それを許可したのは私であり、今回も彼はボールペンで答案を書いた。学校から答案を持ち出せないこの状況で、きれいに消すのは困難だろう」

「そう、ですか」 


 調べれば調べるほど、最後の大問を空欄で彼が提出したことを肯定する証拠ばかりが揃っていく。どうすれば良い。


「聞くが、なぜ君が調べるために動いている。動くべきは有坂君であろう」

「彼が、人に頼ることを知らないからです。彼は今も、一人でこの状況を突き崩すべく動いています」

「なら、協力を申し出て二人で動けば良い」

「彼の人柄が許しません。だから私は証明したいんです。彼に、これが力を借りることによって出せる可能性だと。有坂先輩は今まで、色んな人を結果で黙らせてきました。なので今回は私が、彼の減らず口を、結果で黙らせたいんです」


 そこまで言い切ると、理事長は顔を抑え、肩を震わせる。

 ……ヤバい、怒らせた。どうしよう、ここで理事長から梯子を外されると、詰む。

 けれど続いて聞こえたのは。


「……ふふっ、ククッ、ハハハハハ!」


 ……笑ってる? なぜ?


「なるほど、良いだろう。私は双葉君、君がどのような調査をしようと邪魔をしない、聞かれたことは正直に全て答える。基本的には手出ししないが、私が必要だと判断すれば、全面協力する。約束しよう、布良先生、君は協力したまえ。もし本当に不正があったとしたら、自浄できるならそうしたいところだ」

「承知しました」

「ただし……その前に聞かせてもらおう。君は不正があったと考えるのかね?」

「そう考えています。先輩が、あんなミスをするとは考えられません」

「そうか。期限はテスト返却期間が終わる金曜日まで。今日は火曜だから今日を入れて残り四日だ。そして、もし、不正が無かった、あるいは証明できなかった場合、君は何を賭ける」

「な、理事長、流石にそれは……」

「私のテストの点数全てを賭けます。証明できなかった場合、不正が無かった場合、私のテストの点は全て無効で構いません」

「えっ、双葉さん」

「ありがとうございます。布良先生。ですが、ここは庇われたくないです」

「良い覚悟だ。よろしい。では今はもう行きたまえ、そろそろ始業だ」

「はい、失礼します」


 ……はぁ。

 ……先輩、私ももう後には引けませんよ。


「なんで、そこまで」


 布良先生の言葉に、私は即座に。


「いつも勝手に助けておいて、自分を助けさせないなんて、許せないじゃないですか」


 と答えて。でも、それよりも、何よりも。


「私、理不尽は嫌いなんです。理不尽に脅かされる、奪われる、壊される。許せないんです。この世全ての理不尽を潰すことなんてできません。けれど、目の前で起きていることくらい、どうにかしたいんです」


 だから、強さに憧れるんです。

 布良先生は、一つ頷いて。


「……うん。よし。双葉さん、必要なことがあったら言ってね」

「ありがとうございます。ではとりあえず、数学の小田先生を注意して見ていて欲しいです」

「うん。同僚を疑うのは気が引けるけど」

「そこは、お願いします。身内の不正を許さないという心で」

「わかった。任せて。頼れる先生なので」

「あ、あとこれ」

「これ……弁当?」

「有坂先輩に渡して置いて欲しいです」

「お、おう……あは、青春だねぇ。わかったよ」

「ありがとうございます」


 始めよう。私だって、出来る。冷静に、俯瞰して状況を見て。解くのに必要な要素を導き出して、見えてきた情報を論理的に繋げる。先輩がテスト勉強の時に言っていた。難しい問題に直面した時にやるべきこと。

 近道をしようとしてはいけない。必ず、答えがあるのだから、少しずつ着実に確実に近づいて行けば良い。

 証拠はまだ、学校内にある可能性が高い。なら。


「……うーん」


 とは言っても、まだ、何も繋がっていない。考えよう。まずは。

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