第21話 先輩は、そんなんじゃありません!

 テスト期間、私の心はざわつきっぱなしだったけど、ちゃんと自己採点でもきっちり九割五分の点数を全教科で確保していた。

 さて、どの学校もそうだけど、うちの学校のテストの不正対策はかなりのものだと思う。

 テスト中の様子は教室の四隅に設置されたカメラによって記録される。試験が終わる度に使用した机を点検され、教室を出る時もポケットとかを調べられる。理事長も。


「これを突破して不正できたのならボーナスで点数をくれてやる」


 という言葉に納得できるくらいにはしっかりとした対策、不正を計画して実行するのにそれ相応の度胸を要する。まぁこの言葉の罠は、ボーナスの点数を貰うには、不正を自己申告しなきゃいけないというところだけど。

 そんなテスト期間を終えて週明け、返却が始まる。今のところ帰って来たテストは全て、しっかりと前回のラインをキープしたし。恵理さんも。


「す、すごい、こんな点数、初めて取ったよ」


 今のところ、全部九十点に届いている。

 そして久しぶりのバイト。今日は朝、先輩にお弁当渡してから、会えてない。見かけたけど、ずっと忙しそうにしていて、声をかける隙も無かった。

 まぁ、今日、先輩も出勤だし……。


「有坂君が辞めるとなると……」


 出勤のために事務所の扉に手をかけた時、そんな声が、店長の声だ。聞こえて来た言葉に思わず体当たりするように扉を開けて。中には山辺チーフもいた。


「せ、先輩が辞めるって、どういうことですか!」

「あぁ、双葉さん。いや、君の学校の校則上、一教科でも九十点下回ったら、辞めなければいけないのだろう」

「せ、先輩が、九十点以下……ありえません」


 まさか、改竄、誰かが。で、でも、先輩は答案の改竄対策をちゃんとしていて。


「それでも、ありえない。ありえない」

 



 「先輩、どういうことですか!」

「……調べてるところだ。間違いないのは、やられた、ってことだ」

「やられたって……改竄、ですか」

「あぁ。相手は恐らく、先生だ」

「えっ……」


 先輩の声は酷く落ち着いていた。何度も経験して、『またか』とでも言いたげな目をしていて。けれどそこに少しだけ、諦めの色が混じっている気がして。

 バイト終わり、早足で帰ろうとする先輩を呼び止めた。

 鞄から取り出された答案。そこには確かに、八十点。間違えたのは最後の問題。配点は二十点。そこがまるごと空欄になっていたのだ。


「解いたんですか?」

「あぁ、俺の問題用紙には途中計算と答えもばっちりと写してある。当然正解だ」

「な、なら。その先生に」

「無理だ、証拠がない。仮にすり替えられたとしたら俺の元の答案は既に処分されているだろう。何らかの方法で消したとしても、俺ならコピーしたものを返して、元の答案は処分する。何らかの証拠が残っているだろうからな。別のアプローチを今考えているところだが、現状はどうしようもない」

「じゃ、じゃあ、バイトは」

「辞めることになるな。状況は詰んでいる。突破口がな」


 ……既に、私が今考えているようなことは先輩がもう考えているだろう。一日あったんだ。先輩なら私の何倍、何十倍も、考えている。でも。


「ふざけないでください……ふざけないでください!」

「どうした、急にさけんで」

「ふっ、ざけないで、ください! 詰んでる? それは、一人で動いた場合でしょう。まだ手はあります」

「どこに」

「明日、明日見せて上げましょう。先輩一人じゃ届かなかったところまで、私が届かせて見せます!」


 そう言って私は走り出す。

 あんな先輩、私は認めない。私の先輩は、強いんだ。諦観した顔なんて、しないんだ。




 走り去る双葉さん。小柄な背中はどんどん遠くなっていく。それが眩しく見えた。


「足掻くさ、ちゃんと。でも」


 これはきっと、報いだ。何か大きな意思が、俺を引きずり降ろそうとしているんだ、きっと、勝てない。一日考えても、答えが見えていないのだから。

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