第4話 先輩、これ、美味しいです。
放課後、いつも通りスーパーへ、買い物のためでなく働くため。その休憩室にて。
「弁当、ありがとう」
「いえ、私の不手際が招いたことですので」
弁当箱を差し出すと、いそいそと鞄の中に仕舞う。一応、家に寄って洗ってから持ってきたのだが、ちゃんと洗えているだろうか。
「美味しかったよ。ありがとう」
「それは良かったです。松江さんにも伝えておきます」
ペコリと頭を下げて更衣室へ。相変わらずドライなものだが。
「……嫌われてるって程ではないよな」
あの言い合いがあって、関係はもう絶望的に駄目だろうと思ったけど、朝、話しかけてくるし、食べきれないからとクラスメイトにでも配っておけば良い物を、弁当持ってくるし。
「しかしながら」
昨日の内からの後悔を一つ、俺は情けないことに果たせていないことがあるのだ。
「謝れてない」
更衣室に入って何となく受け取った弁当箱を開くと。
「洗われてる……わざわざ一回家に帰ったんだ」
正直、常日頃から冷たい対応をしてしまっている自覚はある。良い印象を抱かれていなくても文句は言えないけど。
「……やっぱり、根はちゃんとした優しい人なんだ」
けれど。制服を脱ぎながら、やり残したできていないことが一つ。
「結局、一日かけても……謝れなかった」
いや、今日一つ、決めたことがあるではないか。
「ふんす」
大丈夫。まさにこのスーパーでよく言われているではないか、物覚えの良い優秀な子。
そうです。謝罪には誠意がいる。社会人だって菓子折りを携えてお詫びに伺うものだ。既に松江さんには連絡してある。
「ふんす!」
気合いをもう一度入れ直し。出勤だ。
「ふぐぅ」
お腹が、空きました。
レジに立ちながらお腹と背中がくっつきそうです。
先輩は平然と今日もフロアを闊歩し業務をこなしていく。その横顔からは色んな感情がごちゃ混ぜになっているように見えて、色んな事が読み取れる気がして、目で追ってしまう。
「双葉さーん、今日も有坂君にご執心?」
「な、あ、チーフ。お疲れ様です」
「はい、お疲れ様です。あんまりボーっとしちゃだめよ」
「……すいません」
「手空き時は?」
「カゴ拭きなどの掃除です」
「その通り。じゃ、あとよろしくねー」
……はぁ。
先輩のことばかり考えるな。ちゃんと集中せよ……。
「うぐぅ」
お腹、空いた。
「おい」
「は、はい! って、先輩」
振り返るとそこには先輩がいて。……なんか私、心配されてる?
「腹でも痛いのか? 痛いならレジ立ってるから、薬飲んで休むなりしてこい」
「い、いえ。大丈夫です」
お腹が空いてるだけです。なんて言えない。言えるわけが無い。
「ったく。あんま無理すんなよ。普段ちゃんとしてる分、おかしい時は目立つ。君は」
困ったように頭を掻いて、先輩はそのまま行ってしまう。
「……気にしてくれるんだ」
忙しそうに駆け回りながらも、私が普段と違うことに、気づいてくれるんだ。
「……別に、嬉しくない」
そう呟いて、残りの時間を気合いで過ごし。休憩室に入ると、先に上がっていた先輩が待っていて。
「はい」
と、カツサンドを差し出してきた。
「えっ?」
「腹減ってんだろ」
「な、なんでそれを」
手に乗せられた未開封のカツサンドは確かに昼休み、先輩の机に乗っていたもので。
「一年生に今日、調理実習は無い筈だ。去年と授業の内容が変わってる可能性は十分にあるが、時間割に家庭科が無ければ無いのは間違いない」
「か、確認したんですか?」
「一応な」
平然とそう言って彼は手をヒラヒラと振って休憩室の出口に足を向ける。
「ま、待ってください。そんな、受け取れません」
「君が別の理由で俺に弁当を渡した可能性も考えた。だが、仕事中の様子を見れば、無理して渡したことくらい推察できる」
「あ、あれは。その……」
「俺のこと気にかけてくれたんだろ。素直に感謝してる。恩は返す主義だ。君の善意に俺も乗っかるから、君も俺の主義に乗って食べてくれ」
「わ、わかりました」
その顔は酷く真剣で。何と言うか、遠慮することすら失礼に思えて。思わずその場で開けて、行儀は悪いが、立ったままかぶり付くように食べた。
「お、美味しいです」
思ったよりも美味しい。厚みのあるカツ、サクッとした食感が微かに残っていて、パンもふわりと小麦が香り、ソースはからしが効いていて。
「正直、驚きました。コンビニ、甘く見ていました」
「うむ。じゃ、帰るわ」
「は、はい。お疲れ様です」
「お疲れさん」
休憩室を出て行く先輩の姿を見送って、カツサンドを食べ終えて。
「あっ……」
また謝るタイミングを逃してしまった。
先輩、大人だな。普通に接してくれて。あんな言い合いしたら、距離を置かれてもおかしくはないと思う。なのに。
「私、子どもだな」
先輩の接客態度に散々文句を付けて来たけど、振り返ってみれば、私の方がずっと子どもじゃないか。
強い言い方しかできないし、謝ることしかできない。気遣いも下手だ。先輩のようにさりげなく声をかけるなんて、私にできるだろうか。先輩が私にしたように、先輩の良いところを声に出して認めたことあっただろうか。先輩に助けてもらったことだってここ二か月何回かあった。その恩返し、ちゃんとしてきただろうか。
「は、恥ずかしくなってきた」
反省しよう。
私は未熟だ。本当に。
「だから、明日から……ふんす!」
はぁ。全く。もうちょっと言い方あっただろうが。
自転車を走らせながら頭を掻いた。恥ずかしい。
「そしてまたタイミングを逃した」
今日散々顔を合わせて。「言い過ぎましたごめんなさい」すら言えないのか、俺は。
「あいつはすげぇよ」
真面目だし。接客業をする者として大事な愛想を持って仕事ができる。公私の使い分けという奴だ。人に自分の弁当を、しかもあまり良く思っていない人に差し出せるだろうか。俺には無理だ。本当に良い奴だ。あいつの説教だって、鬱陶しく思わないのは相手のことを思って言っていることが伝わってくるからだ。
「はぁ、ガキだな、俺」
あいつの方がよっぽど立派だ。俺みたいな頭でっかちなガキとは違う。
「どうしたものか。本当」
頭ではわかっている。俺の無駄に優秀な頭は結論として、このままではよくないと結論を弾き出している。
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