第442話
「うまくいくのが怖い、か……。うーん、あるかも。変な話だけど……」
それは今まで、自分がうまくいかないことばかりだったせいだろうか。他の人はもっと、うまくいく人生を送っているのだろうか? 他の人はうまくいくことに罪悪感や恐怖心を覚えないのだろうか……。考えれば考えるほど、自分が情けなく思えてくる。
「お前、昨日、漫画の最新刊がほしいって言っただろ。お前の前に一冊現れたら、どこか別の場所で一冊なくなっているに違いない、って思わないか?」
「あ、思うよ。だってそうじゃないの?」
たま子は重々しく首を横に振った。戸田山が諭すように言う。
「ソポスは何もない空間からものを取り出せるんです。安治くんが何かを得たとして、代わりに誰かが失っているということはないんですよ」
「そうだ。ここを勘違いするな。お前が『得る』とき、誰かから『奪ってる』わけじゃない。お前が幸せになったら誰かが不幸になるわけじゃないし、誰かが幸せになったらその分お前の幸せが減るわけじゃない。誰もがソポスを使うようになれば、誰もが願いを叶えられる。単純なことなんだ」
「ああ……」
思わず唸る。母親がまさに、誰かが幸せになったらその分自分の幸せが減ると考えるタイプの人間だった。親戚や近所の人におめでたいことがあるたび、自分にはそんな幸運がないのにあの人だけずるい、と愚痴を溢していた。
息子である自分が好きなことで成功したとしても、あの人は喜ばないだろうな――と安治は確信している。
子どもの幸せなど望んでいない。母親が喜ぶのは、母親自身が望む形で子どもが成功したときだけだ。そのとき子どもが逃げ出したくなるような苦痛を感じていたとしても、彼女にとっては何ら問題ではない。自己犠牲を払って母親を幸せにしてくれる子どもこそ、彼女にとっては「親孝行な立派な子」なのだから。
「単純かなあ。理屈としては単純なんだろうけど……感覚的に、そう思えない人っていると思うんだよね」
安治の泣き言を二人は否定しなかった。そうだろう、と言いたげに頷き、同時に言う。
「だから難しいんです」
「だから難しいんだ」
他人事としてぼんやり聞き流していたタナトスが、その合唱にびくっと反応した。つられて復唱する。
「だから難しい」
無視してたま子が続ける。
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