第441話

 左手の小指を指差される。

「アガトンは臆病で優柔不断なお前にちょうどいい相棒だと思うぞ。いちいち光ってくれるし、大きな願いほどグズグズして叶えるのを躊躇する。その間にキャンセルが可能だから、より安全で初心者に向いてるんだ」

「安全?」

「さっき言ったように、叶う願いってのは『こうなってほしい』よりも『こうなるのが当然』って思ったことなんだ。それが当人にとってメリットがあるかないか、嬉しいか嬉しくないかは関係ない。好きな人と付き合うって願いの場合、『付き合うほうが嬉しいから叶えてやろう』とは、ソポスは思わない。――これは擬人化だぞ。ソポスに感情はない――。口では散々『付き合いたい、絶対に付き合う』と言っていても、『どうせ無理だろうな』って気持ちのほうが強ければ、そっちが現実になってしまう」

「それはわかるけど」

 たま子は真顔のまま続けた。

「例えばだな、お前が誰かに腹を立てて、発作的に強く『死ね』と思う」

「…………」

 先の展開を予想できて、背筋が寒くなる。

「あり得るだろ。攻撃的なソポスは、それをさっさと叶えてしまう。願ったことが叶った。お前は嬉しいか?」

「……それって代償がある?」

 訊くとたま子は神妙な顔をし、戸田山は小さく失笑した。

「やっぱり、そういう風に思いますよね」

「お前が『代償があるに違いない』と思っていれば――」

「あ、それが叶うんだ」

 ぞっとした。自分が思い込んだことが現実化する。それは諸刃の剣ではないか。安治は自罰的なタイプなのだ。

 戸田山が断言する。

「ソポスは対価など求めません。願ったことを叶える、それだけのものです」

「でもな、使う人間のほうが勝手に罪悪感を覚えるんだよ。『こんなに都合よくいっていいはずがない。きっとどんでん返しが待っているに違いない』とかな。『うまくいくのが怖い』って気持ちがあるんだ。人によっては『親より幸せになったら親に申し訳ない』とか『あんな親の元に生まれた自分が幸せになったら、親を肯定することになるから幸せになりたくない』とか思っている場合もある。本人はなかなかそれに気づかないけどな」

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