第439話

「あれ? 安治くん」

 急に戸田山が高めの声を出した。

「メ?」

「なんか頭が黒く……いや? あ……人間に戻ってきてますよ!」

「え、うそ」

 気づくと目の前にあるのは人間の両手だった。部屋着にしている白いTシャツを着ている。下はゆったりしたスウェットのパンツ。昨夜ベッドに入ったときの服装だ。

「戻った……」

 でもなんでいきなり戻ったんだろう――。

 不思議がる安治の前で、戸田山とたま子が大笑いしていた。

「――え?」

 わけがわからずタナトスを見る。タナトスは冷静に、

「うそ」

 と言った。

 ――嘘?

 そこではっとした。戸田山は嘘を言ったのだ。それを安治が信じたので、現実になった――。

 自身の単純さを笑われてむっとする。同時に、よいほうに捉えるなら光明だと気づく。

 他人に「こうだ」と断言されると、一瞬信じてしまう。これは活用すべき技の一つではないか。

 それになんだかんだで、今までに結構光っている。意識していなかったから原因と結果は覚えていないけれど、現に使えてはいたわけだ。これからさらに練習を積めば、それなりに使いこなせるようになるのでは……。

「案外使えるかも」

 前向きな予感を抱いて呟くと、ソポスチームの二人は笑いを引っ込めた。アイコンタクトを交わして、続きの説明をたま子が引き継ぐ。

「今現在、ソポスは数えるほどしか存在しない。その個体にはアガトンという名前がつけられている」

「名前? へえ。――アガトン」

 シンプルな細い銀色の指輪を眺める。名前を呼んだからといって、エレベーターやオイコノモスのように反応が返ってくるわけではなかった。

「ソポスにはそれぞれ性格がある。大きく分けると、保守的と攻撃的の二タイプだ。アガトンは保守的で、初心者に向いている。大人しくてロマンチストだな」

「ロ、ロマンチスト? どういうの?」

「例えばだな……好きな人と付き合いたいと願うとするだろ。イケイケなアルキビアデスなんかが叶えると、相手が酔っ払っていきなりお前に抱きついてくるようなシチュエーションが用意されたりする。アガトンなら、サプライズで打ち上げられた花火を偶然二人で見上げる、みたいな感じだな」

「いいね」

 想像して思わず頬が緩む。

「性格って、そういうのなんだ」

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