第437話

 戸田山は眼鏡の奥の目を微笑ませて続けた。

「自分の心を自在に操れる人がほとんどいないというのは、考えると面白いことですよね。自分の心なのに、です。かく言う私もまったく自信がありません。目の前の仕事に集中しようとしてもすぐに別のことが気になってしまうし、何かしようと思う気持ちとそれを面倒臭いと思う気持ちが同時にわいてしまいます。自分はこれでいいんだと思った側からこれではだめだ、と思ったり」

「メェ」

「メェ」

 大きく頷いて同意を表す。自分を否定する一番大きな存在は他人ではなく自分だ、と昔どこかで聞いた気がする。

「ソポスを使える人に聞いたところ、願いを叶えるコツは『願いだと意識しないこと』だそうです」

「メェ?」

「メェ?」

 意識すれば抵抗が働く。だから意識しないようにしよう――という意味なのはわかる。しかし実践は難しくないか。意識しないようにすれば余計に意識してしまうかもしれない。

 首を傾げる安治の前に戸田山は小さなボウルを、タナトスの前にはコップを置いた。

「例えば水を飲むように、です」

 ボウルとコップにそれぞれピッチャーの水を注ぐ。

「今、喉が渇いているとします。『水が飲みたい』が今の願いです。その願いはどうやって叶えますか?」

「…………」

 安治とタナトスは顔を見合わせる。問われていることがよく理解できない。とにかく何かしら返答はするべきだろうと思い、安治はボウルに鼻先を突っ込んだ。

「正解です」

 戸田山は満足そうに笑顔を作る。

「『それは当たり前に叶えられる』という確信を持って、ただ行動すればいい。そう言われています」

「……メェェ」

 ――ふうん。

 わかったようなわからないような、だ。

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