アガトン/魔法を使うということ
第436話
翌日、安治は起きるとすぐにみち子の研究室へ行き、ソポスについての講習を受けた。前日、たま子と別れる前に予告されたのだ。いい機会だからちゃんと教える、と。
「ソポスというのは願いを叶える道具です。願いと聞くと『こうなりたい』『あれがほしい』のような例を想像するでしょうが、ここで言う願いはそれとは少し異なります」
テーブルを挟んで反対側に座った戸田山が、講師らしい丁寧な口調で説明する。
「むしろ『ほしい』よりも『こうあるのが当然』と思った事柄が叶えられます。例えば、私たちは常に酸素を吸っているわけですが、『酸素を吸いたい』と思って吸っているわけではないでしょう。吸えるのが当然ですから、意識的に考えなくても当たり前にそれが実現する、という流れです。でも『酸素を吸いたい』と思う場面もあり得ます。それは水中や標高の高い山の上など、思うように酸素が吸えない場所においてです」
一旦言葉を切り、真面目に聞いていることを確認して続ける。
「つまり『今、実現していない』と感じるものをこそ、私たちは『実現してほしい』と意識的に考えるものだということです。当たり前に聞こえるでしょうか。ですが『ない』ことを意識してしまうと、『今ここにないものが突然現れるわけはない』という常識や理屈が働いてしまい、結果として『実現しづらい』という状況が生じてしまいます。この常識や理屈のことを抵抗と呼びます」
「メェ」
返事をしながら頷く。今朝は予想通り、若いヤギの姿だ。前回同様、赤い首輪をしてウエストポーチを首にかけている。
ついでに隣で一緒に話を聞いているタナトスも真似をして「メェ」と頷く。
「では結局『これがほしい』は叶えられないのか、と疑問に思われると思います。そんなことはありません。極論すれば、願いが叶わない理由は抵抗が働いてるからです。この抵抗は心理的なものですから、訓練次第で小さくすることができます。言い換えると、自分の心を自在に操れる人は自在に願いを叶えられる――ということになります。現にソポスを使って何もない空間からあらゆるものを取り出すことができる人は、います」
「メェ」
その一人が所長だろう、と頷く。
「メェ」
タナトスが真似をする。
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