第435話

「そうだ。頭や口では『明日の朝、目が覚めたら超絶イケメンになってたらいいのにな』と願ったとする。でも実際、朝起きて顔が別人になっていたら怖いだろう。だから本心はそれを望まないんだ」

 それを聞いた瞬間、ある考えが閃いた。同時にぱっと指輪が光った。

「あッ」

 思わず腰が浮く。

「今のなし!」

 血の気が引いた。これでキャンセルできた――か?

「どうした? 何を願ったんだ?」

「…………」

 キャンセルできた自信がない。叶うような気がしてしまっている。『気がする』は本心の仄めかしではないか。

「うわー。……どうなるんだろ……」

 浮いた腰を椅子に戻しながら呆然と呟く。

「たまちゃん……俺……明日また、ヤギかも……」

 たま子がぷっと吹き出した。吹き出しただけでなく、声を出してひとしきり笑う。笑いが収まったところで言う。

「それがな、願いが叶うことのリスクなんだ。最初は自分が何を願ったのかもわからない。願ったつもりのないことが叶って、必死に願っていることが全然叶わないと感じる。練習を繰り返すうちに段々と『願ったものが叶う』ようになるんだ。――どうだ、面白いだろ」

「――うん」

 安治は青い顔で生返事をする。

 それからはっと気がついた。

「これ、指輪外せば……」

「光った後に外しても意味ないぞ」

「…………」

 項垂れた安治を見て、たま子がやや気の毒そうな顔をする。

「ヤギになりたくないんならな、明日の朝いつも通りの自分で目覚めるところを想像すればいいんだ。それで光れば、そっちが叶う」

「あ、なるほど」

 いいことを聞いた。早速指輪を見つめる。

 一分ほどして、諦めた表情で端末を取り出した。

「どこに連絡するんだ?」

「……彼女だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る