第429話

「なんだかんだ言って、あいつらは二人だけだからな」

 大食堂で麻婆丼を食べながらたま子は言った。向かいの席で安治はかき玉うどんを啜る。

「アダムとイブだね」

「どうだかな。正味、あいつらに性別は関係ない。性別を分けなくてもいいんじゃないかって意見も出たらしいんだが……結局男女になった。気分の問題だな」

 安治は自分の『恋人』を思い出す。気分の問題……まったくだ。

「あの二人って……どうやって増えるの?」

 おかしな言い方だと思いつつ、他に表現が浮かばない。人間のように子どもを作るわけではないだろう。

「ボクも詳しくはないが、単為生殖になるらしい。まだ実例はないけどな」

「単為生殖? 一人で子どもを作れるってこと?」

 問われてたま子は曖昧に首を傾げる。

「多分な。どうやってかはわからんが、まあ、有性生殖ってことはないだろ」

「そうだよね。じゃあ、親にそっくりな子ができるのかな」

 それはクローンとどう違うのか、と少し思う。

 たま子は不意に溜め息をついた。

「自分とそっくりな子なら、ボクはほしくないな」

「……俺も」

「――だからな、生殖に成功したらタナトスも『メス』になるはずなんだ。子どもを産めるのはメスだけだからな」

 今度は急に明るい声を出すたま子。空気を重くした責任を感じたらしい。

 ふと視界の端を通り過ぎたものにつられて目を動かす。頭が二つある白い狐だった。中年の女性が連れたダイモンだ。

 テーブルの下でたま子の足が安治を蹴る。見るな、という警告だ。

「あ、ごめん。つい」

「じきに慣れるとは思うがな」

「うん」

「……ソレかソレでないか、見分けはつくか?」

「うん」

 それは問題ない。所内では実際に奇妙な形状の生物を見かけるが、それとは区別がつく。ダイモンは靄がかかっているようにぼやけていたり、うすぼんやり発光しているように見えるからだ。

 今は却ってそれに存在感を覚えて、反射的に目を遣ってしまう。慣れれば無視できるだろう。

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