ソポス

第428話

 その後はたま子と二人でヤツハシの出し殻を掃除機で吸って回った。

 幸い、B五地区だけの負担で済んだ。他の地区はその地区にいるが担当したらしい。それにしても視える人の少なさに驚く。

「だから人には話さないんだ」

 とたま子は言った。

「言ったら、変に思われるだけだからな」

「それだけなの? 話さない理由って」

「……およそな」

「意味深な言い方やめてよ。他にも理由があるなら教えてよ」

「別にないさ。ただ……しゃべりづらいだけだ」

「しゃべりづらい?」

 たま子は自分の背後に顎をしゃくってみせる。

「じっと見られてるんだ。本人の前で本人の話はしづらい……違うか?」

「ああ」

 納得した。安治はあれから自分の背後を見ないようにしている。気にしなければいいだけだ。そう割り切って。しかし気にするなら、常に視線を感じてしまうだろう。

 ぱっちり開いた金色の瞳が二四時間自分を見ている……考えたくもない。

「だからな、視えるやつはそれを意識しないように生活してるんだ。物心ついたときからそうだった。それが当たり前だから、今さらそれに意識を向けようとすると……怖いんだ。禁忌を犯してるような気になる」

「まあ……わかるよ。何となくだけど」

「人間ってのは、ルールを作って守るのが好きだからな」

 ようやくけりがついたのは二一時を回った頃だった。終わった途端、それまで張り詰めていた気持ちが緩んだらしく、それまで感じていなかった強い空腹感に襲われた。

 タナトスはそれより早く、一八時頃にみち子に促されて部屋に帰っていた。

 エロスの具合が悪いらしい。それを聞かされたタナトスは「では帰る」と素直に帰って行った、とたま子が教えてくれた。

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