第426話

 安治は背後を振り返って確認する。

 ――いた。

 今回は壁ではなく、床からデスクにかけて黒い影がへばりついていた。もちろん、影を落とすような人物はそこに立っていない。

「見えないの? 見えてるよね?」

「お前が言った形には見えないって意味だ。そいつはヤツハシじゃない」

「じゃあ、どんな風に見えてるの?」

「それは言えない。言ったらお前が暗示にかかって、そのように見えてしまうかもしれないからな」

 ――でも見えてはいるんだ。

 ほっとする一方で、さわさわと胸騒ぎを感じた。

 ――じゃあ、これって……。

 見えているものの正体を安治は直感した。

「そいつはな、安治、ダイモンだ」

 耳を塞ぐ前に、聞きたくなかった言葉に直撃される。衝撃で身体が震えた。

 ――見えてしまった。

 絶望で視界が暗くなる。ふと意識が遠のくのを感じた。

「ちなみにだな、ボクの後ろにいるのは見えるか?」

「え?」

 意識が戻る。

 ――後ろ?

 思わず眼を凝らす。今まで見えたことはないが……。

「あ」

 探すまでもなく、視界に奇妙なものが入り込んだ。金色に光っている。実際にそこにあるとしたら不自然だ。

「招き猫?」

 想像よりずっと可愛らしい見た目に声が弾む。高さ二〇センチくらいの招き猫が、たま子の斜め後ろにいた。床から数センチ浮いた感じで、全身が金色のもやで覆われている。妙に生き物らしく感じるのは、上げた前足や目が微妙に動いているからだろう。

 目線を追ったたま子はしかし、訝しげな顔をした。

「そうだが……なんでそこを見てるんだ?」

「え、なんで? どこが正解?」

「別に正解はないけどな。……全身が見えているのか?」

「全身……だと思うけど? 耳から脚まで見えてるよ」

「なら、大きさは?」

「大きさ? 二〇センチくらいかな」

 たま子は一瞬面食らい、納得したように頷く。

「そうか、そんなに小さく見えるのか」

「え、たまちゃんには?」

「ボクにはボクと同じくらいに見える」

「そ、それはでかいね……」

 さすがにそれは不気味かもしれない。

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