第420話
たま子は寝たまま目だけ動かして訊いてくる。
「触るとどうだ?」
「は、何を?」
「ヤツハシだ」
ああ、と気づいて近くに落ちていたのを指で触る。新聞の燃えかすのようにはらりと砕けた。
何ともない。この状態でなら触っても害がないらしい。
「全然平気だよ。ただのカスみたい」
「なら、普通の掃除機でも吸えるかもな」
「あ、そうだね。じゃあ俺とたまちゃんで掃除して……タナトスは雪柳さんを手伝ってくれる?」
「雪柳を手伝う」
素直に頷いて雪柳の後を追うタナトス。――いささか安治と離れられるのを喜んでいるようにも見える。
たま子はそれから上体を起こしたものの、どうやら尾てい骨を打ったらしく、立ち上がるのに苦戦していた。手を貸しても不十分だったので、今度は肩を貸し、ほとんど抱きかかえる形で助け起こした。
「悪いな」
平静を装うつもりの声に苦痛が滲んでいる。痛みを堪える様子で、すぐには動き出せない。
「大丈夫?」
無理をさせてはいけないと根気よく付き合う。
たま子は正面から安治の肩に片手をかけ、額を安治の首元に寄せていた。その腰に手を添えて支える安治。
――傍から見たら、抱き合ってるっぽくない?
気づいて、気持ちがそわそわし始める。誰にも見られていないといいのだけど――。
念のため確認しようと振り向いたところで、ドアの外に出てきていた戸田山と目が合った。彼は驚いた表情を浮かべると、慌てて室内に戻った。
入れ替わるようにひょいと顔を出したのはみち子だ。こちらも一瞬目を見開くと、にやにやしながら頭を引っ込める。
――終わった。
我知らず溜め息が溢れた。頬が熱い。
「どうした?」
「……ううん」
答える代わりに、投げ遣りにたま子の背中をぽんぽんと叩く。肉づきの薄い長身の背中は、おりょうとさして変わらなかった。
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