第416話
意味はすぐにわかった。時速一〇キロほどの速さで、通路全体を埋める水の壁が押し寄せて来ているのだ。
「うわわ?」
思わず逃げようとした安治の肩をたま子が掴む。
「心配するな。溺れたりしないし、どこへ行っても浸水からは逃れられない」
「そ、そうだよね……」
龍に気を取られてすっかり忘れていた。龍が泳ぐ前に、不思議な水が天井から床までをぴたりと埋め尽くすのだ。その中では自由に呼吸ができて、重力はない。
「でも俺……下から水が上がってくるのかと思ってたよ」
まさか正面から、垂直の壁の状態で進行してくるとは。
ぶつかったら圧されないのだろうか。すんなり中に入れるのか――考える間にもどんどん透明な壁が近づいてくる。もう目の前だ。
「うわー、ところてんになった気分」
「突かれる三秒前だな。……二、一」
目をぎゅっと瞑る。身体の前に出した手がひんやりした感触を覚えた次の瞬間には、足が床を離れて空中を漂っていた。正確には水中だとわかっていても、通常の水ほど抵抗を感じないので、宙に浮いたような気分になる。
三人は短い間、思い思いに無重力を楽しんだ。タナトスの白い髪が膨らんでクラゲのようになったのが微妙に面白い。
じきに奇妙な音が聞こえるのに気づく。
ドォン、ドォン、ドォン、ドォン、ドォン、ドォン、ドォン、ドォン……。
「太鼓……?」
空気中と違っていくらか籠もった、響きの強い音だ。
音ではなく振動そのものかもしれない。ただ規則的で、音階は一定なのに音楽らしく感じられる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます