第413話

 ちなみに経験を積んで気づいたことがある。平面的な立体であるヤツハシには、表面と裏面があるらしい。お腹と背中と呼んだほうがわかりやすいだろうか。

 背中は、触っても平気な側だ。ただし背中とお腹は簡単に入れ替われるので、触り続けてはいけない。生八ツ橋の感触はこちら側だ。

 お腹側には感触がない。柔らかい静電気のような、ぞくっとする奇妙な違和感はあるものの、個体や液体ほどはっきりした感触ではない。なので「触られると不快な感情が掻き立てられる」ということをあらかじめ意識しておかないと、触られているのに気づけない場合がある。

 安治は何度もタナトスに対してイラッとした。それが自然な怒りなのか、ヤツハシの影響なのかを区別するのは難しかった。どちらなのかをのんびり確認している余裕もない。

 だからイラッとするたび、タナトスに身体を叩いてもらった。実際それでヤツハシは払い落とせたのだけれど、手加減が下手なタナトスに対してさらに苛立ちが募った。

 タナトスはタナトスで、よくわからない作業に付き合わされてストレスを感じている。安治は終始ぴりぴりして感じが悪い。なので離れようとすれば怒られ、頼まれたので叩いてやれば「痛い」「そこじゃない」と文句を言われる。

 挙げ句に髪の毛を掃除機で吸われたかと思うと「縛ってないのが悪い」などと言われる。もう何だかわからない。

 結果、時間とともに二人は疲弊する一方だった。

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