ミカヅチ号

第412話

 雪柳が見に行った結果、クラには一〇人以上が倒れていることがわかった。目当ての花江もそこにいた。つまり、そこまでしながら往復しなくてはならないということだ。

「あー、腰痛い……」

 小一時間が過ぎた頃、安治の口からは頻繁に愚痴が溢れるようになっていた。自分が歩く分だけとはいえ、床と天井を交互に吸うのは疲れる。掃除機も重く感じるし、気疲れもしていた。

 しかも今まで歩いてきたところを振り返れば、再びヤツハシが広がっている。帰りもまた同じ作業をしなければならないのかと思うと気が遠くなる。

 加えて、タナトスの肩にしがみついているのがたまにちょっかいをかけてくるのが鬱陶しかった。吸ってもまた少しすると天井から垂れて乗っかるので、いたちごっこでしかない。

 おまけにタナトスの頭に掃除機を向けるたび、長い髪が吸われてタナトスが怒る。できるだけ一瞬で済むようにと気を遣っても、多少は吸い込んでしまう。だったら髪を縛ってほしいと思うのだが、それを言うとまた怒るのだ。

「怒るなよ」

 と言えば、怒った口調で、

「怒ってない!」

 と返される。

 かといってタナトスと距離を取るわけにもいかなかった。

 何せ上下前後左右を囲まれているのだ。ついうっかり抱きつかれてしまうことはもはや珍しくもなく、そのたびに「タナトス!」と叫んでは身体を叩いて払ってもらっている。一時しのぎにすぎないその補助がなければ、とっくに通路脇で蹲っているだろう。

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