第408話

 ――これが、ヤツハシの効果?

 普段は抑え込んでいるネガティブな感情が、ヤツハシに触れられると出てきてしまうのだろうか。それも、増幅して。

 安治は自分が「全部母親あいつのせいだ」と喚き散らす姿を想像した。――みっともない。

 最後の一人は年配の男性だった。身体を丸めて床に寝ているのを起こしてやる際に、ぶつぶつ呟いているのが耳に入った。

「……ななきゃ、しななきゃ、死ななきゃ、……ななきゃ……」

 湿り気を帯びた声に胸が悪くなる。思わず苛立ちを含んだ声で、

「はいはい、もう大丈夫ですよ」

 と突き放すように言ってしまう。

 この人は自罰的なタイプらしい。

 ――人を責めるより、自分を責めるほうが楽だもんな。

 そう共感しつつ、男性にも、先ほどの他罰的な女性にも、ついでに自分にも、もやもやとした感情を持った。

 きっと、そういう人間がヤツハシに触れると危険なのだ。

 ならば北条さんやタナトスが平気なのは、そういう人間ではないからなのかも――と単純な推理が浮かんだ。単純だが、的を射ている気がする。

 雪柳も。心に闇がないに違いない。

 一部屋終わったところで初めて紙パックを交換した。パンパンに膨らんだパックをタナトスが持っている巾着袋に収める。重さはそれなりにある。パックの替えは一〇枚あるものの、全部使い切るより先に体力に限界がくるだろう。

 雪柳に隣の部屋に案内してもらう。やけに何もない空間に、二人だけ倒れていた。

「うん?」

 見た瞬間に違和感を覚えた。影に包まれていてわかりにくいが、どうもシルエットが奇妙な気がする。

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