第407話

「あら、あなた何歳いくつ?」

「今年で二二です」

 雪柳は不思議そうな顔をした。

「農村部の出身なの?」

「は? ……いえ」

 出身を聞かれると答えに困る。しかし農村部ではないと返すのは失言ではないだろう……。内心どきどきしながら反応を見る。

 雪柳も何かを考える素振りだった。結果、その話題はやめようと判断したらしい。

「あなた、優秀なのね。所長に目をかけてもらえて羨ましいわ」

 嫉妬を一切感じさせない、純粋な羨望の笑みを浮かべて言う。その表情に安治は急に恥ずかしくなった。

「い、いえ、全然……」

 人間性、少なくとも心の清さでは負けている。

 話しながら助けた一人は若い女性だった。彼女は黒い影が取れるなり、わっと声を上げて泣き出しながら、小さい子が駄々をこねるように両手を振り回して叫んだ。

「全部お姉ちゃんのせいよ!」

 驚いて安治が飛び退くのと反対に、介抱に駆けつける雪柳。

「あらあら、どうしたの」

 泣き喚きながら振り回す腕を優しく押さえる。強引に押さえつけるのではなく、本人が怪我をしないように気遣う雰囲気だ。

 女性はしばらく訴えかけるように喚いた後、気が済んだのか、急にぐったりと大人しくなった。それを雪柳は、

「床じゃ冷えるわ」

 と抱え上げて近くの椅子に座らせた。それからお湯で絞ったタオルを持ってきて、涙と鼻水とメイクでぐちゃぐちゃの顔を拭いてやる。

 ――全部お姉ちゃんのせい、か。

 安治は自分ができる作業を淡々と進めつつ、女性が繰り返し発した言葉を口の中で噛みしめた。

 察するに、周りからは優等生だと思われている姉のアドバイスに従ったら、自分の人生は台無しになった――という恨み節のようだった。本当は画家になりたかった、誰と付き合いたかった、などと吐き出すように叫んでいた。

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