第404話

「接触時間が長いほど精神に悪影響がありそう。この地区は早い段階で被害に遭ったから、まずここから始めて。各部屋の鍵は開くようにしておくから」

 ほとんど真っ黒になっていた廊下が、所長が歩いたところだけヤツハシが逃げて元の色に戻った。安治はそこを踏み外さないように早足で追いかける。

 三〇メートルほど歩いて隣のドアに着いた。所長の手が軽く触れると同時に開く。

 中はほとんどみち子の研究室と同じだった。七人ほどが思い思いの場所で倒れて呻き声を上げている中で、ブラウスにスラックスを身に着けた娘が一人、ソファに座って端末をいじっていた。

「しょ、所長!」

 突然の来訪に娘は驚き、端末を放り出しながら慌てて立ち上がった。その尻の下にも足の下にもヤツハシが広がっている。耐性持ちのようだ。

 所長はかまわず安治に言う。

「気をつけて入ってね。この子は雪柳ゆきやなぎ。まずはこの部屋の人たちを綺麗にしてあげて。私は自分の部屋に戻っているから、何かあったら連絡して。――雪柳」

「はい」

 小さいけれどつぶらな瞳が印象的な若い娘は、両手を胸の前で組み、頬を上気させてうっとりした目つきで所長の言葉を待った。

「この子たちがヤツハシを駆除してくれるわ。この部屋が終わったら、別の部屋に案内してあげて。ドアは開くようにしておくから」

「かしこまりました」

 穏やかに晴れた春の朝のように澄んだ声で返事をする。

「それと安治には耐性がないから、途中で倒れるかも。駄目なら私に連絡して」

「かしこまりました」

 安治は不安になった。私に連絡して、の部分で雪柳が明らかに高揚を示したからだ。そうなればいいと思ったに違いない。

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