第402話
低く何かを呟いている。近くを通り過ぎる際にその文言が聞き取れた。
「……す、ころす、ころす、ころ……」
――元カレ?
意味を察して、安治も慌てて追いかける。
「みち子さん、どこ行くんですか」
「オイコノモス、ドアを開けるな」
一声天井に叫んでからたま子も駆けつけてくる。
「姐さん、落ち着け。考えなしに行ったって何もできないぞ」
応える声はない。負の感情に支配されて周りが見えなくなっているに違いない。ドア横のセキュリティ装置を素早く操作して手動で開錠する。
「おい、待てって。素手で本社に乗り込む気か?」
「――元カレ、本社の人なんだ?」
こんなときでもそこは気になる。
扉が開く。力尽くで静止するのを安治は躊躇った。単純に、女性の身体に触るのはどうかと思ったのだ。たま子がいるのだからたま子が押さえればいいとも思った。
ところがたま子は、黙ってみち子を行かせた。予想外だった。安治は慌てる。
「ちょっと、たまちゃん」
「待て、危ないぞ」
警告は安治に向けられていた。みち子を追って通路に目を遣ったところでその意味を知る。
通路は室内以上に浸食されていた。
安治の目には通路が、胃袋に向かう食道に見えた。そこに自ら突き進んでいくみち子。待ってましたとばかりに黒い消化液が上下左右から飛びかかる。
再び全身をヤツハシに覆われたみち子は、一〇歩も歩かないうちにその場で崩れ落ちた。その光景に身を硬直させた安治に、たま子が鋭く指示を出す。
「行け」
「え? あ」
ハンディクリーナーの存在を思い出し、慌てて救助に向かう。もちろん自分が被害に遭っては元も子もない。慎重に頭上や背後を見回しつつ、近いところから順に吸い込み始めた。
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