第401話

 手始めに部屋全体を綺麗にした。戸田山とみち子、他二人を覆っている塊を吸い込んでも、まだ紙パックは一杯にならない。

 安治がその性能に感心している横で、たま子は床に倒れ込んでいた一人を介抱していた。二〇代くらいのぽっちゃりした娘で、白衣ではなくつなぎを着ている。目は開けたものの焦点が合わず、涙を溢しながら大きく呼吸をしている。話しかけても聞こえている様子がない。

 他三人も同じようだった。茫然自失といった感じで、誰も自発的に起き上がらない。

 所長が心配そうに呼びかける。

「みち子、大丈夫?」

 机に突っ伏していて表情のわからないみち子が、声に反応してぴくりと動いた。

 安治もソファに腰かけて戸田山の様子を見る。血の気が失せて病人のようだ。生きているのは確実だが、これではまだ助かったとは言えない。回復までにどれくらいかかるのだろう。元の状態に戻れるのだろうか――不安が迫り上がってくる。

「大丈夫ですか、しっかりしてください」

 声をかけながら軽く揺する。反応がない――と思った数秒後、ゆっくりと目に光が戻った。ある瞬間に意識を取り戻したらしく、間近にいた安治を認識してはっとした表情になる。

 よかった、気づいた――と思ったときだった。

 背後でガタンという音がし、同時に所長が短い驚きの悲鳴を上げた。

 振り向くと、みち子が椅子を倒して立ち上がっていた。気のせいでなければ、全身から憤怒のオーラが立ちのぼっている。

「ちょっと、まだ動かないほうが……」

 気遣わしげに言いながら腕を掴んで止めようとする。それを振りほどいてみち子はまっすぐ戸口に向かった。

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