第399話

 攻撃とも呼べないその戯れを避けるのは簡単だった。しかし辺りを見れば、部屋を浸食する黒い影が数分前より確実に広がっている。

 タナトスの肩には大きめの一体が乗っている。安治にちょっかいをかけたのはそれだった。

 たま子も蹴散らすのが面倒になったらしく、膝下に纏わりつくのをそのままにしている。身体にヤツハシが触れていないのは安治だけだ。この分では一〇分後には逃げる場所がなくなる。

「浸水は仕込みに時間がかかるんだ。始まるのが早くとも三〇分後で、研究所全体が完了するまでに三時間から五時間ほどかかる見込み――だとさ」

「そ、そんなに? ……でも、そっか。仕方ないよね……」

「幸い、疾風迅雷チームの拠点にはまだヤツハシが侵入していないらしい。浸水は下層階から順に始まるようだな。どの龍が出張るのかは……あー、書かれてないな」

「かっこいい名前だね、そのチーム名。強そう」

「そうだろう。疾風迅雷チームは所内でも憧れの存在だ。一つの班の名前じゃない。専属で研究する少数精鋭の人たちと、そこに複数の班が協力するという形でやってる。けっこう大所帯なんだ」

「ふうん……」

 後ろにできていた水溜まりがじわじわと自分に近づいてきているのに気づいた安治は、集中を妨げられて生返事をする。

 右にぴょんと避ける。その先にも別のヤツハシが待ち構えているのを見て、また左に戻る。

 何を思ったのか、タナトスが真似をして左右にステップを踏んだ。肩に乗っていた一体が振り落とされ、足首を掴んでいた一体が踏みつけられる。

「真似しなくていいよ。遊んでるわけじゃないんだから」

 何だか馬鹿にされているようで恥ずかしい。見ていたたま子が可笑しそうに笑い出す。

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