第398話

「ふうん」

 所長の小さな溜め息が、妙に大きく聞こえた。安治がそちらに顔を向ける。それより一瞬早く所長とたま子の目が合い、たま子が了解を示すようにさり気なく目を伏せるのに、安治が気づくことはなかった。

「とりあえず応急処置として、ヤツハシを回収できる道具があればいいのよね。ね、安治」

「え? はい」

 妙に明るい口調で言われて戸惑う。何故名指しされたのだろう。

「例えばどういう形のものだったらいいかしら」

「どういう形……掃除機みたいな?」

 長い吸い込み口があって、直接触れずに吸い込める掃除機のようなものがあればいいのではないか――想像した瞬間、左手小指の指輪が光った。それを目の端で確認しつつ所長は、

「ああ、そうだわ」

 と両手を合わせた。

「ちょうどいいのがあるのを思い出した。――ちょっと待っててちょうだい」

 見た目は完全に中年男性なわりに、やけに少女めいた仕草で踵を返して部屋の奥に消える。

「ちょうどいいの……そんなのある? まだ相手の生態もわかってないんでしょ? 効果あるのかな」

 ぼやく安治を無視して、たま子は端末の画面に視線を落としていた。不意に「お!」と嬉しそうな声を上げる。

「どうかした?」

「おい、浸水が決まったぞ。疾風迅雷チームが動く」

「浸水?」

「忘れたのか。龍だ」

 ああ、と応える声は力が入りすぎて呻き声になった。忘れたことなどない。もう一度チャンスがあれば見たいと常々思っていた。

「なんで? このタイミングで?」

「このタイミングだからだ。どうやら龍がヤツハシを一掃できるらしい」

「え、本当に? じゃあ今言ってた道具って――」

 要らなくない? と言おうとしたのを飲み込む。半透明の黒い手が目の前を過ったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る