第395話

 すぐにたま子の苛ついた声が上がる。

「タナトス、危ないから動くな。お前には見えないんだろうがな、部屋中八ツ橋やつはし野郎でいっぱいなんだ」

「八ツ橋野郎?」

 安治の眉間にハテナマークが浮かぶ。どういうネーミングセンスだ。

「何、八ツ橋って」

「知らんのか。京都の有名な和菓子だ」

「知ってるよ。この黒いのが八ツ橋なの?」

「そうだ。感触が生八ツ橋そっくりだぞ」

「え?」

 そうだっけ、と触られたときを思い出そうとする。思い出せない。気持ちが焦っていて、感触など気にする余裕はなかった。

 ではあれは生八ツ橋にくるまれているのと同じなのか、とみち子を眺める。――なんだか気持ちよさそうに思えてきた。

 ちょうど手を伸ばしてきたのがいたので、素早くべしっとはたき落とす。

 ――確かに。

 意識してみると、想像していたより柔らかいかもしれない。

 もう一度叩く。もう一度。…………。

 ――本当だ。

 言われてみると、生八ツ橋のぶよぶよした感触に思えた。グミでも大福でもなく、柔らかいのに密度のあるほどよい弾力。

「八ツ橋だ」

 感動を込めて呟く。

「だろ」

 最初に発見したたま子は得意げだ。

 聞いていた所長が「ふうん」と息を吐く。アバカスを操作しながら「じゃあそれが名前でいいわね」と言った。

 数秒後、安治の端末にも一斉送信メッセージが届いた。現在所内に大量発生している新生物質を「ヤツハシ」と命名するという内容だった。

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