第391話

 タナトスはと言えば、素直にアフターヌーンティーを楽しんでいる。安治もそれに習って、所長のほうから何か言ってくれるのを待つことにした。

 一〇分ほどして、デスクを軽く片づけながら所長が言った。

「行ってみましょうか」

「え、どこにですか? ――大丈夫なんですか?」

「ここにいても退屈でしょ。いらっしゃい」

 言われるまま安治とタナトスが立ち上がると、次の瞬間には椅子もテーブルもティーセットも消えていた。

 ――便利だ。

 思わず目が輝く。

「すごいですね、魔法ですか?」

 無邪気な感想を告げる。実際のところ、魔法だとは思っていない。ここは研究所である。目の前にいるのはその長だ。科学でできることなら自分もそれが使えるのでは、という期待が膨らんでいた。

 所長は澄まして答える。

「違うわよ。幻」

「幻?」

 安治は腹を擦る。胃に収めた紅茶とケーキも幻だったのだろうか。

 所長は机から数メートル離れたところで、まるでドアノブを捻るような動きをした。手前に引く。動きに合わせて暗い空間にできた切れ目が広がり、隙間から明るい研究室の光景が見えた。

「みち子」

 タナトスがまず隙間から出て行った。

「あ、たまちゃん」

 安治も気になる人物を見つけて続く。

 空間の切れ目を抜けた二人が立っていたのは、お馴染みの研究室を入ったところだった。部屋の中程にいたたま子が驚いた様子で振り返る。

「おお、よく来れたな。……どうやって入れたんだ? 戸は開けてないはずだが」

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