やつは
第389話
一瞬目が回り、視界が消えた。次に我に返ったときには、満天の夜空に浮かんでいた。
「……うわー……」
自分の状況が思い出せず、ただ見える景色に驚嘆する。
前後左右、全方向が夜空だ。遠くに無数の小さな光が瞬いている。
宇宙空間ではなく夜空だと思ったのは、下に雲が見えるためだ。乗っているわけではない。足よりずっと下に、綿のような雲が広がっている。
――プロジェクションマッピング?
つい現実的な可能性を考える。部屋全体に映像を映しているのだろうか。
奇妙なのは床の感触がなく、吹き抜ける風を感じる点だ。同時に地面に立っているような安心感もある。何なのだろう、この空間は。
「あら、どっから来たの?」
呑気な声が耳に届いた。見れば一〇メートルほど先に、大きなデスクに着いた所長がいた。
「あ……すみません。北条さんに押し込まれて……」
「ああ、そうなのね。――いいわよ」
所長はちょっと身体を動かすと、机の脇に二つの椅子を登場させた。アンティーク調の革張り椅子だ。どこから現れたのかはわからない。魔法のように忽然と現れたのだ。
「お茶飲む?」
返事を待たず、またもや空中から現れたティーポットが勝手に動いて二つのカップに紅茶を注ぐ。ポットもカップもアンティーク調の洒落たデザインで、ピンクの薔薇が描かれている。
わりと少女趣味だ。所長はこういうのが好みなんだな――と安治はぼんやり思った。
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