第388話
着いてこい、と言って踵を返す。その背中に問いかける。
「エレベーターに乗るんですか? 北条さんは平気でも、俺やばいですよ。さっきはタナトスが助けてくれたけど――」
密閉空間で襲われたら一溜まりもない。
「わかってるって」
自信に満ちた声が返ってくる。
予想に反して、廊下に出る前に北条さんは足を止めた。何もない壁に近づく。途端に、広がっていた影がそそくさと逃げ出して白い壁に戻った。
――本当に嫌われてるんだな。
思ってから気づいた。北条さんは嫌われているのだ。この奇妙な影に。
「所長室に直通だ。行け」
「え?」
北条さんと壁を見比べて気づく。いつの間にか壁が変わっている。壁と言うより、ただの白に。
――あ。
見覚えがあった。立体感を感じさせない、すべてを塗りつぶすような白。以前、たま子と遭遇した避難訓練のときに見た。確か、エレベーターの開発者だと言う人が作り出した――。
「所長?」
タナトスが訊き返す。
「おう、話してこい。ここよりは安全だしな」
「北条さんは行かないんですか?」
「俺は会う理由がない」
澄ました顔を見て安治は直感した。北条さんと所長はあまり仲が良くないのではないか。
――しかし、行けと言われても。
前回も感じたが、この白は何だか不気味だ。触ったら自分が押し潰されてしまうような、圧を感じさせる。
と、躊躇するうちにタナトスが目の前で消えた。自発的に飛び込んだのではない。北条さんが押したのだ。飛沫も上がりはしないけれど「とぷん」と音が聞こえた気がした。
「え、ちょっと」
押すなんてひどい――と抗議する間もなく、気づけば安治も白に吸い込まれていた。
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