第387話
「北条さんのところに行く。急ぐ」
「……うん」
頭に疑問符が浮かんだまま、今は考えている場合ではないと足を動かす。今度はタナトスが先行して安治の腕を引いた。見えてはいないはずなのにタナトスは自然と影の塊を避け、掠っても難なく通り過ぎた。
北条さんは焦ることなく、涼しげな表情で二人が駆け寄ってくるのを待っていた。
「よお、平気そうだな」
「エロス」
「え?」
タナトスがまず恋人の名前を呼んだことに安治は驚きを覚えた。真っ先に電話をかけてきた彼女はしかし、見える範囲にいない。今の一言は北条さんに「エロスは一緒ではないのか」と問いかけたのだろう。
――心配してる?
胸の奥がこそばゆくなる。普段はエロスに対して冷淡でも、こういう場面では真っ先に心配するのか――微笑ましさに頬が緩んだ。
――後でエロスちゃんに教えてあげないとな。
対して、北条さんが感動する素振りはない。
「おう、あいつは駄目だ。廊下でダウンしてる。あっはっは」
――何が面白いんだ。
内心で白眼視しつつ、当然口には出さない。
「なんで北条さんは平気なんですか」
「それは俺が神だからだな」
「はあ」
よく咄嗟に出てくるものだ。
しかしあながち嘘とも思えなかった。周辺に溜まっていた影が近づいて来ないどころか、仰け反ったり、手を伸ばしかけて躊躇する動きまで見られたのだ。
「ひょっとして、特効薬でも持ってるんですか?」
真面目に問うと、今度は表情を改めてわずかに苦笑する。
「だと良いんだけどな。正直、理由はわからん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます