逃げ出したやつ

第380話

 黒服は二人を庇うようにエンケパロスとの間に立った。安治は恐怖を覚えつつも、エンケパロスに何が起きたのかを見る。

 ――一体何が……?

 見てもわからなかった。エンケパロスは両手で身を守るような仕草をしているものの、そこに何があるわけでもない。

 ――何もない……?

 いや。

 何か違和感がある。

 エンケパロスの身体の周りが何となく……映像を加工したように微妙にぼやけているような。

 ――何だこれ?

 目が霞んでいるような不快感。目を擦り、改めて見つめる。

 続いて黒服が、短い呻き声を上げながら何かを追い払うような仕草で腕を振った。それに驚いて声を上げるタナトス。庇って引き寄せる安治の目にそれは映った。

「うわうわうわ、何これ何これ」

 見えた。いる。

 黒服に縋りつく黒い半透明の何か。はっきりとはわからないが、つるんとした頭と胴体、細長い腕の形に見えた。

 ――人? 影? 幽霊?

 頭らしき部分に顔は見えない。ないのか、安治に見えないだけか。

 厚みがあるのかないのかも判断ができない。その影のようなものは複数いて、次々と黒服の腰辺りに抱きつこうとしている。動きからして、床から這い上がろうとしているようだ。

 ――下から?

 自分たちの足下に目を落とす。何もいない。

 ほっとしたのも束の間、顔を上げた視界に飛び込んできたのはぎょっとする光景だった。

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