第376話
こんなときにも関わらず、安治の目はエンケパロスの仕草に引きつけられた。
受付にいるときはまるで人間のようだと感じた。今は動く人形にしか見えず、いささか気持ちが悪い。
表情が不自然なのだ。真剣な顔はしているものの、そこに生身の人間らしい緊張感や焦りといったものは感じられない。タナトスの生身らしさと天と地ほども違う。
――こういう場面で差が出るもんなんだな。
感心しつつ、良くできたほうの人工物を見遣る。やはり事態がわかっていないらしく、口を半開きでぽかんとしている。
実に人間らしい。
「――で?」
どうすれば良いのだろう。
制服風の上品なブラウスとジャンパースカートに身を包んだエンケパロスは、宙を見つめてマネキンのように固まっていた。どこからか届くはずの指示を待っているのかもしれない。
端末のアラームは一度で終わった。スピーカーから流れる不吉な音楽のほうは、音量は下がったものの未だに続いている。
遠くの人影に再度視線を遣る。本を置いて立ち上がりはしたものの、やはりどうしたら良いのかわからないらしく、立ったまま何かを飲んでいた。利用客同士で積極的に相談する風もない。
「ん、誰か入ってきた?」
我知らず、安治は呟いていた。室内の空気に変化があった気がしたのだ。軽いざわめきのような人の声も聞こえた気がした。間近には他の利用客はおらず、遠くの声は音楽にかき消されるはずなのだが。
ほんの一〇秒もしないうちに、すぐ近くの書架の間に黒い人影を見つけて鳥肌が立った。
よく見ればそれは黒い上下のスーツを着た普通の人間だ。目元を大きめのサングラスで隠しているため年齢はわからない。いつからいたのか、身体を半分隠すようにして俯き加減に気配を消して佇んでいる。安治とタナトスを見張っているらしいのは雰囲気でわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます