第369話

「ああ……『怖い』じゃなくて『気持ち悪い』なんだ?」

 そうかもしれない。『怖い』は言い換えると『自分にも害が及ぶかもしれない不安感』だろう。レナにはとりあえず危険な要素がない。『怖い』よりも、強烈な『気持ち悪さ』と捉えるべきかもしれない。

「声の大きいお客さんも、暴力を振るったわけではない。でも迷惑。気持ち悪いから」

「話の通じない感じがね。普通に考えて、一〇分待つくらい大したことじゃないのに……でもあの人にとっては大したことだったんだよな。そこがずれてる。……感覚がずれてるんだよな」

 ――だから気持ち悪い。

 感覚が、つまり物事の捉え方がずれているから気持ち悪い。幽霊も――。

「見える人と見えない人がいるから気持ち悪いのか、そっか」

「幽霊?」

「うん。だってさ、誰にでも同じように見えてたら、誰も怖がらないよね」

「怖がらない。それは幽霊という種族がいるだけ――ということになる」

「だよね」

 そうなればもう、生きた人間も生きていない人間も、等しく『他人』でしかなくなる。

 ――他人はまあ――怖いけど。

 それはやはり、自分とずれているからだ。

 かといって他人が自分とずれていないわけがない。もしずれていない他人がいたら、それはそれで――。

 ――気持ち悪い、よな。

 ならば結局、生きていようがいまいが、ずれていようがいまいが、他人は気持ち悪いということになる。

 ならば幽霊が怖いのは結局、それが他人だからかもしれない。生きていないという点で、自分とのずれが大きい他人だから、極端に気持ち悪く感じるのだ。

 ――そっか。

 安治は頷いて、冷め切ったコーヒーと冷めつつあるカプチーノを交互に飲んだ。

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