第368話

 ――だったらもっと高級な店に行けよ。

 立場上思ってはいけないことだろうが、個人的にはそう突っ込みを入れたくなる。安治が働いていたのは、決して気取ってはいない大衆向けの飲食店だ。気合いを入れて予約をするというのなら、もっと金額が張ってそれなりのサービスが受けられる店に行けば良いものを。

「だけどさ、それを言うなら他のお客さんだってそうなわけだよ。せっかくのクリスマスで、楽しく過ごしたいわけ。そのお客さん、声が大きかったんだよ。怒鳴るわけじゃないんだけど、他のお客さんが振り返るくらいの声の大きさで」

「迷惑」

「そう。迷惑なの。店に対して怒ってたって、他のお客さんまで巻き込む必要ないじゃん。だから店長、もっと声を下げてくれって頼んだの。そしたらその人、自分は当たり前のことを言ってるだけで誰にも迷惑かけてない、迷惑をかけてるって言うなら証明しろ――みたいなことを言ったんだよ」

 タナトスはこくこくと軽めに頷いた。

「その人にとっては『迷惑をかけていない』が正しい。けれど他の人にとっては『迷惑をかけている』が正しい」

「そう、そういうこと。ずれてるんだよ。ずれてるのに、自分が正しいって思い込んでる人は、自分がずれてるって気づかないの。だから、えーと、そういうこと」

「自分が正しいと思い込んでいると、人に嫌われる」

「そう、そう。賢い」

 やっと自分が言いたかったことがわかった。タナトスがさらに続ける。

「何故なら気持ち悪いから」

「うん?」

「エマにとってはレナが存在している。マナミにとってはレナは存在してしない。ずれている。気持ち悪い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る