第365話

 傍で聞きながら安治はいらいらした。誰が正しいなどと思うものか。実際、声が聞こえる位置に座っていた客は迷惑そうな視線を向けていたし、何よりも連れの女性が気の毒だった。

 女性は男性を止めようとおろおろしたり、頭を下げる店長に申し訳なさそうな仕草をしたり、他の客から視線を向けられることに恥ずかしさを感じている様子だった。加えて男性に対しては、隠しようのない嫌悪感を目に浮かべている。

 そんなことには気づかず、男性客は頭を下げる店長に優越感を覚える様子で言った。

 ――他の客が迷惑がってるって言うなら、証明してよ。

 その後も発展性のないやり取りが五分ほど続いた。そのうちに「他の店に行こうよ」という連れの女性の必死の訴えが届いたのか、それとも単に気が済んだのか、男性客はやっとほこを収めて出て行ってくれた。

 ――証明って何だよ。

 未だに思い出すたび、同じ感想しかわかない。その発言自体がナンセンスだ。

「タナトス、そういう言い方やめなよ。最終的に嫌われるから」

 嫌悪感と偏見をむき出しにした言葉に、タナトスが「最終的?」と困惑した表情を浮かべる。

「あんまり理屈っぽいと嫌われるよ」

「嫌われる。誰に?」

「知り合いとか、みんなだよ」

「理屈っぽいとは、どの点が?」

 問われて一瞬考える。今の安治は理屈っぽいのが嫌なのではなくて、証明という言葉に反応しただけだ。そう気づいて言い直す。

「証明できるとかできないとかさ、そういうのやめなよ。人生、正しいか正しくないかじゃないんだよ」

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