第364話

 ――お客様、あまり大声を出されますと、他のお客様のご迷惑になりますので……。

 困ったような声の主は、まだ二十代後半くらいの柔らかい雰囲気の女性だ。その人が安治のバイト先である飲食チェーン店の店長だった。若い女性店長が、体格の良い男性客のクレームに頭を下げている。その光景は安治にとってちょっとしたトラウマだった。

 ――迷惑って何。俺はただ当たり前のことを言ってるだけでしょ。そっちの対応が不適切だから、ちゃんとしてほしいって言ってるだけなの。いちゃもんつけてるとか、俺たちだけ特別扱いしろって言ってるわけじゃないの。勝手に俺たちを悪者にしないでくれる?

 男性客は三十代半ばくらいの、わりと小綺麗な出で立ちの人だった。口調も乱暴ではないものの、声の大きさで店長を威嚇している雰囲気がある。男性は年下らしい女性を連れていた。服装からしてデートに見えた。

 ――もちろんです。お客様のご指摘はごもっともです。ただ、お声が少し大きいので、下げていただけたらと思いまして。

 ――俺は普通のことを言ってるだけでしょ。誰にも迷惑かけてないよ。むしろ不快な気分にさせられてるのはこっちなんだけど。

 ――こちらの配慮が足りなくて申し訳ございません。ですが他のお客様には関係のないことですので、あまり大きなお声を出されますと……。

 ――なんで当たり前のことを言ってるだけなのに、他の人の迷惑になるの。誰も何も思ってないよ。っていうか、他の人だって俺の言い分が正しいと思ってるよ。

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