第347話

 大学時代、安治にとって図書館は楽しい場所ではなかったし、書店にもそれほど縁はなかった。苦学生にとって、本は意外と高いからだ。見ればほしくなってしまうからと避けているうちに、娯楽として本を読む習慣もなくなってしまった。

 この図書室なら、一日中いても飽きない。映画やアニメなどが見られる視聴覚コーナーもあるし、書棚を眺めて歩くだけで自然と運動にもなる。昼と夜の区別もない場所だから、気がつけば日付が変わっているかもしれない。

 タナトスはミルクティーをテーブルに置くと、早速近くの棚の物色を始めた。子ども向けのコーナーらしく、絵本や図鑑や児童書などが集められている。

 安治は『娘ランキング』の表紙をしみじみと眺めた。化粧を取ればまだ未成年かもしれない美女が、やや挑発的なポーズを取っている。赤い着物から覗く白い太股が実に眩しい。

 この美女が人工物だとは到底思えない。――が。

 ――一体、何の本なんだ、結局。

 タイトルも表紙も、どう見てもいかがわしい。しかし図書室でそんなものを配っているはずがない。若い女性が嬉々として取りに来るのも不自然だ。

 その疑問は表紙を開けば解消する。

 わかっているのに何故か躊躇い、視線を外してコーヒーを一口飲んでから、意を決して表紙をめくった。

 出てきた目次にざっと目を通す。――表紙から想像される通りの内容らしかった。

 ――なんだ。

 安治はがっかりしたような、ほっとしたようなで力が抜けた。

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