第341話

「うん、見てたよ。でもアントロポスはわけが違うじゃない。研究所産は子どもの世話をするのと一緒だけど、アントロポスは大人でしょ」

 ――そうでもないなあ……。

 思いはしたが、タナトスの名誉のために否定はしないことにした。

「クズハちゃんは?」

「相変わらずよ。って言ってもわからないか。職員のお手伝いをしたり、子どもたちの面倒を見たり」

「この時間はオフなの?」

「ああ、うん。いつも〇時まで。それからご飯食べてふらふらしてたの、いつも通り。そろそろ帰ってお風呂入って寝ないと。あんたは?」

「俺、昼間の仕事だから、いつもはこの時間寝てるんだけど、今日はたまたま……」

「そっか」

 そこで初めてクズハは微笑んだ。幼く見える可愛い笑顔だった。

「部屋移動したんでしょ? どこにいるの? また遊びに行ってあげるよ」

 気さくな言い方だった。

 ――そんなに仲が良いんだな。

 異性の幼馴染みがいたらこんな感じなのか――とわずかに高揚する。しかし部屋番号を教えるわけにはいかない。

「あ、今、彼女と一緒に暮らしてるから、部屋はちょっと……」

 答えた途端、クズハの表情が変わった。大袈裟に表現するなら――鬼の形相。

「彼女?」

 言いながら立ち上がる。勢いがついたせいで、椅子がガタンと硬い音を立てた。

 安治をぎろっと睨む。

 ――怒っ……てる?

 何を言われるのかと身構える。しかしクズハは、

「あっそ!」

 と言っただけで、足音高く去って行ってしまった。

「…………」

 安治はしばらくぽかんとしていた。クズハが完全に見えなくなった後も、そちらの方向から目を逸らせない。

 やっと頭が回り始めたとき、思ったのは「深く考えるのはやめよう」だった。

 読んでいない漫画をそのまま棚に戻し、飲みかけのコーラを飲み干す。そしてゆっくり出入り口に向かいながら、ぽつりと呟く。

「疲れた……」

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