第338話
「可愛いですね」
とりあえず褒める。すると女性が驚いたように頬を染めたので、慌てて「その、羽根が」とつけ足した。
すぐにつけ足したことを後悔する。別に、全身もしくは顔を褒めたと思われてかまわないではないか。わざわざつけ足したら、羽根以外は可愛くないと言っているのと同じだ。
「何で敬語なの?」
「はい?」
「……しばらく見なかったけど、何してたの?」
女性の心配そうな、訝しんでいるような表情にぴんとくる。
「あ……すいません、今、記憶喪失で」
「何言ってるの?」
眉間に皺が寄った。信じる気が微塵もないらしい。
「信じてもらえなくても記憶喪失なんです。失礼ですけど、お名前は?」
年齢からして親しい相手なのかもと思い、珍しく積極的に問いかける。
女性は少し考えた後、訝しげな表情を変えないまま答えた。
「……クズハ」
「クズハさん」
復唱しても、脳内検索には何もヒットしない。
クズハはさらに嫌そうな顔をした。
「やめてよ、さんづけとか」
――そう言われても。
溜め息をつきたくなるのを堪える。
「申し訳ないんですけど、以前のことは本当に覚えてないんです。思い出せる見込みもないので――」
何なら俺のことは忘れてください。
そう言うべきか迷い、ひとまず飲み込んだ。関係性がわからない以上、相手にとっては残酷な発言になるかもしれない。
と思ったら、クズハは顔をくしゃっと歪めて泣きそうになった。気を遣ったつもりがすでに失言だったらしい。
その顔を見て、いつになく冷淡なことを思う。
――泣かれたところで、思い出せないものは思い出せないんだけど。
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