第337話
初めて見るお金に、ゲーム内の自分は好奇心による興奮を覚えていた。今の自分に生じているのは、久しぶりに見た懐かしさだ。またお金を触る機会はあるのだろうか。
お金なんて、あればあったで生き方を支配されているように感じるのに、ないと恋しい。お金で制約されない今は自由だ。この自由は退屈に少し似ているかもしれない――。
そういえばマラソン大会、きつかったな。毎年のこととは言え、整備されていない山間部を上ったり下りたりするのは一苦労だ。前回はカラスが狙いをつけて滑空してきたのを見て、人為的な攻撃だと勘違いして動揺し、自ら斜面を転がり落ちてしまった。結局のところあのカラスは、縄張りを荒らされたことに怒って突きにきただけだったのに。やはり勘違いした与吉がパチンコで迎撃しようとして、誤って周辺の罠に火を点けてしまい、そばにいた四、五人が負傷する騒ぎになった。あれは完全に自滅だ――。
ところでたまちゃんが言ってたのって、何だったっけ?
あれ、それってゲームの中の話だっけ。それとも現実の――。
考えながらコーラを口に含んだタイミングで、背後から肩を叩かれた。想定外のことに思わず咽せる。
「ご、ごめん……」
慌てた様子で謝るのは女性の声だった。
――誰?
口元を押さえながら振り向く。立っていたのは同年代の、見覚えのない女性だった。
――……誰?
そのまま問いを口にして良いものか迷う。女性はどこか親しげな雰囲気で勝手に隣に座った。
大きくもなく小さくもなく、派手でもなければ地味でもない、ストレートの黒髪を肩に垂らしたごく平凡な雰囲気の女性だ。特徴と言えば――背中にキューピッドの羽根があるくらいだろうか。
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