クズハ
第335話
身体にかかる負担は少ないはずなのに、妙な頭の重さを覚えながらリクライニングチェアを降りる。やや不安定な足取りでブースを出たところで、グラスの載ったお盆を捧げ持ったココちゃんに声をかけられた。
「お帰りなさい、現実へ」
安治は返事ができなかった。どこが現実なのか、もうわからない……というより、どうでもよくなっている。
グラスの中身もどうでもいい。差し出されるまま飲み干し、遊戯室を出た。ふらふらとエレベーターに向かう。
まずさっき見た夢を思い出し、次にゲームの内容を思い出した。痛い思いをしたわりにリクエストの叶い方は中途半端だったな――と左腕を撫でたところで気づく。
左手の違和感がない。
「――え」
思わず声が出た。
左手を見る。動かそうとした通りに視界の五本指が動いた。
「え」
肘の辺りを右手でごしごしと擦る。擦った通りに擦られた感触が生じる。
「――治った」
呆然と呟いた後に一拍遅れて、胸中で叫ぶ。
――治った!
小躍りしたいような興奮がひとしきり全身を駆け巡った。それから自分が可笑しくなって一人で笑う。
――腕が自分の腕に戻っただけでこんなに喜ぶなんて。
少し前まではごく当たり前のことだったのに。
それにしてもどのタイミングで治ったのだろう。ゲームから目覚めたときには治っていたのだろうか。ぼんやりしていたので気がつかなかった。
ひょっとしたら、さっき飲んだ何かのせいだったりして――。
そう思い至ったのは、エレベーターに乗って行き先を指示した後だった。
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