第334話
「それはあるとないとが背中合わせだからです。世界に存在するのがあなた一人だったら何も不安に感じません。でも他人が存在することで比較ができる。比較することであなたは自分の『若さ』に気づき、同時に『老い』に不安を覚える。そんな具合に」
「じゃあ、ここって言うのは」
安治は顎を上げて辺りを見回す。ただ白いだけの、何もない空間。お金も家も家族もない。学校も仕事も老いもなければ、楽しいことも面倒なことも――。
「ないがない世界です」
「でもそれって、あるもない世界ってことですよね。――つまらなくありませんか?」
訊くとおじさんは子どものような顔で嬉しそうに笑った。
「あなたがわざわざ、ないのある世界を選ぶのはそのためです。ないがあるほうが刺激的で、忙しくて、ゲームに没頭できますからね」
「ゲーム?」
「あなたになるゲームです。なると言っても成長ではありません。あなたである、と言ったほうがわかりやすいでしょうか」
「……あなたって誰のことですか?」
「誰でもいいんですよ。あなたです。主観を持った存在です」
「……主観を持った存在になるゲーム?」
ならば。
「そのゲームを始める前は主観を持っていなかった?」
「もちろんです。何も不足がないのに、主観を持つ必要なんてないでしょう」
「ないんですか? じゃあ、主観がある理由っていうのは、不足を感じるため?」
おかしな理屈だ――と安治が眉を顰める一方で、おじさんは嬉しそうに笑う。
「その通りです。困ったり、怒ったり、諦めたり、憎んだり、後悔したり、我慢したり、嫉妬したり、孤独を感じたり、死を怖れたりするためです」
「はあ……何のために?」
「楽しむためです」
そこで夢から覚めた。
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