第329話

「起きられるか?」

「うん……」

 自分が崖下に寝ているのはすぐにわかった。落下するまでのことも思い出せた。痛みを覚悟しつつ、そろそろと上半身を起こす。

 ――……あれ?

 起こしてから、疑問を覚えて右手であちこち探る。――どこにも痛みがない。怪我をしすぎて感覚が麻痺してしまったのだろうか?

 銃で撃たれてちぎれかけたはずの左腕に恐る恐る目を遣る。

「……え?」

 長袖に大きな穴が開き、周辺に血が染み込んでいる。その穴を通して白い肌が見えた。

 ――なんで?

 混乱する。記憶が間違っているのだろうか。しかし服には穴が開いている。穴が開いたのは、撃たれたからだ。撃たれて、腕も半分弾け飛んだ――はずではなかったか。

 幻視が見えているのかと、右手で触って確認する。見た通りの実体に触れた。今度は左腕を動かしてみる。動かせた。何の違和感もない。

「たまちゃん、俺の左手、ある?」

 奇妙な質問になった。案の定、不思議そうな顔でたま子が首を傾げる。

「あるって何だ。――あるだろ」

「触れる?」

「何言ってるんだ?」

 たま子は血糊に嫌そうな顔をしつつ、安治の左腕をぺたぺたと撫でた。触られる感覚があり、一方で怪我をしているような痛みは感じない。どうやら無傷らしい。

「これ、何で穴が開いたんだ? 怪我はしていないようだが」

「…………」

 束の間、安治は記憶に意識が飛んだ。

 自宅で家族が殺害されたとき、安治は胸を刺された。刺されてすぐは激痛が走り、もう死ぬんだと思った。しかし少しすると痛みが弱まり、いつも通りに動けるようになった。そのときの傷は今はもうない。

 治ったということは傷が浅かったのだろう――と納得していた。刺された瞬間、致命傷ほどに感じたのは、刺されたショックで実際以上に痛みを感じてしまっていたのだろう、と。

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