第328話
次の瞬間、大柄な男が足を上げた。安治の臀部を蹴りつけて前方に突き落とす。
――あ。
そのときになって気づいた。安治が這っていたのは、切り立った崖の際だったのだ。
反射的に手を伸ばした先に地面がない。全身が放り出されたのを感じた直後落下し、数メートル下の山肌にぶつかって、更に凹凸の多い斜面を転がり落ちた。鼻や顎が何か硬いものに擦れて、火が出るような痛みを覚える。
――死ぬ。
痛みと恐怖の他、考えられたのはそれだけだった。先に逝った家族と残してきた二人が交互に脳裏に閃く。
「あはははは」
頭上から降る笑い声が辺りにこだまする。そこで安治の意識はぷつりと切れた。
「おい、しっかりしろ」
至近距離から聞こえるたま子の声にはっと目を覚ました。瞬間、わけがわからず視界に入るものを凝視する。
「……うわっ」
覚醒直後の頭が混乱して、声が出た。聴覚と視覚が一致しなかったのだ。
「……たまちゃん?」
問いかけると、目の前の顔は表情を心配から軽い怒りに変えた。
「ああ、そうだよ」
不貞腐れた声はやはり聞き慣れたものだった。
安治は尚も凝視を続ける。もともと美人ではなかったものの、可哀想にと思わざるを得ない。
肌はすっかり赤と茶色の斑模様になっている。いくらか腫れてもいるようで、顔の輪郭が違う。別人かと間違えるほどに。
その後ろに人がいるのに気づき、反射的に身構えた。たま子がそれをアイコンタクトで宥める。
白けた表情で見下ろしているのは、二〇代くらいの見知らぬ男性だった。ファミリーの黒服組に似ているけれど別ものらしい、シャツとジャケットを着ている。
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