第326話
一〇秒ほどじっくりと辺りを見回す。人の気配も物音もしない。ひょっとして追われていると感じたのは気のせいだったのだろうか。
気温が上がったせいで体温も上がり、長袖の内側に汗をかいていた。軍手も湿っている。気持ち悪さを感じて片方の軍手を外す。
――あれ?
肌の色がいくらか白く戻っているように感じた。引っ掻いて血が滲んだ傷も、薄い線が残っているだけだ。
――……治った?
思わず自分の手をしみじみと見る。深い怪我ではないとはいえ、治るにしては早すぎないか。
不意にがさっという大きめの音がした。一〇メートルほどの距離だ。慌ててそちらを見る。
大柄な男が姿を現していた。登山にしては荷物を持っておらず、明らかな意志を持って安治を見つめている。たまたま居合わせたソトの人間――だとは思えない。
遅れてもう一人、少し離れたところから顔を出した。こちらは小柄で中性的な雰囲気の男だ。
「どうする?」
小柄なほうが相方に訊いた。訊かれたほうは軽く顎を上げて目で答える。決して友好的ではない雰囲気を安治は感じ取る。
大柄なほうがポケットに手を入れた。取り出そうとしているものがちらりと見えた瞬間に安治は駆け出す。拳銃だ。
逃げ込む先もないけれど、その場にい続ける心の余裕はない。感情に急かされるままひたすら前方へ、斜面を駆け下りていく。
どっちのものなのか、可笑しくて堪らないような高い笑い声が追ってきた。続けて発砲音が響いたと同時に安治は横に弾かれた。
強い衝撃を受けたのは左の二の腕だ。すぐに燃えるような痛みに代わる。頬を地面に擦りつけながら、咄嗟に右手で押さえる。
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