下山

第322話

 一人で山を下りながら、安治は何度も後ろを振り返った。たま子や他の人影が見えないかの確認に加えて、自身のダイモンが現れていないかの確認でもあった。

 ――お前にもダイモンがついてるんだぞ。ついてる人は本来、見る力もあるんだ。

 たま子に言われたことを反芻する。そう言われても、安治は知らない。見たこともないし聞いたこともない。

 じゃあ何で見えないのと訊いたら、見ることを拒んでいるんだと返された。

 ――拒んでなんかないよ。

 ――忘れているだけだ。幼い頃、自分にはおかしなものが見えていると気づいてすぐに見るのをやめてしまったんだ。ダイモンは全員についてるわけじゃないし、見えない人のほうが多い。だから見える自分は変なんだと思って、その存在を否定する。みんなそうだ。

 ――じゃあ何でたまちゃんには見えるの。

 ――ボクは存在を否定はしなかった。見えない振りだけしていた。

 ――見えない振り?

 ――みんなそうだと思っていた。お前も琥太朗も、見えない振りをしているんだと。

 ――みんなって寺子屋の? みち子姐さんも?

 ――あの人にはついてないし見えない。

 ――俺だって見えないよ。ついてるのかもしれないけど。

 人に見えないものなら自分も見たくない。消極的な安治に、たま子は確信的な表情で人差し指を向けた。

 ――見えるようになる。思い出したんだからな。

 そう言われると、見えなければいけないような気になる。見えない自分が悪いような気になる。

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