第320話

「よく見るんだ。今までは見えないほうがよかった。でも今は見えたほうがいい。お前にはもともと見えていたものだ。見ることを自分に許すんだ」

 安治には意味がわからない。しかしたま子が真剣に何かを伝えようとしているのはわかった。仕方なくたま子が指した空間を、眉間に力を入れて見つめる。

 何かあるのだ。見えないものが。見ようとしてこなかったものが。

「…………」

「見えたか?」

「……残念ながら」

 失望の溜め息をつかれた。ばつの悪さを感じつつ聞き返す。

「何があるっていうの? 答え教えてよ。そしたら見えるかも」

「……大きな招き猫だ。金と赤の、派手な」

「は?」

 もちろんそんなものはない。

「どの辺? 大きいってどれくらい?」

「だいたい一.五メートルくらい離れたところだ。身長はボクと同じくらいで、横幅はボクの倍以上ある」

「……そんなに大きいの、ないよ」

 さすがにからかわれているのかと思い、少しむっとする。しかしたま子の目には落胆の色が浮かんでいた。

「見えないのか……」

「…………」

 急に申し訳ない気分になる。すぐに、いやいや、と気を取り直す。

「たまちゃんに見えるからって、俺にも見えるとは限らないじゃん。俺には見えないんだよ」

「そんなことはない。お前にも見えるはずだ」

 いやにはっきりと断言されて気後れする。

「何で?」

「何でって、お前にもついてるんだから」

 ――憑いてる?

 言われて鳥肌が立った。

 安治はそういう話が苦手だ。おばけなどは見たことがないし、見たいとも思わない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る