第319話
下ろしたリュックから水を取り出しつつ、声だけは気丈にたま子が言う。
「ボクたちは大丈夫だ。お前だけで行け」
「…………」
それしかないだろうな――と思っていた。
束の間逡巡し、腹を括って訊く。
「何を持ってくれば良い? 水と食料と火傷の薬と、あとは?」
口を開きかけたたま子が、しばらく考え込む。
「……大丈夫だ、ボクたちもゆっくり後を追う。だからお前はここに戻って来なくていいぞ。それより、隠れられそうな空き家を探しておいてくれ。そこで待っててくれればいい」
――何を言っているのか。
安治は戸惑う。
「ダメだよ、動いたら場所がわからなくなるじゃん。離れたら合流できないよ。だったら、三人でゆっくり下りればいいじゃん。俺が琥太朗担ぐから」
「安治」
たま子は急に険しい顔をした。
「何でそんなことを言うんだ。ボクたちは合流できる。お互いの場所はわかるだろ」
「何言ってんの? わかんないよ」
「わかんないのか?」
たま子はほとんど責める眼差しだった。安治にはその表情の意味がわからない。
「安治、ボクの斜め後ろに――何か見えるか?」
たま子がちらっと視線を送ったほうを見る。見えるのは地面と木の根と落ち葉だけだ。
「何かって何が?」
「――動物っぽいものだ。もしくは――大きな置物のような」
二度とそちらには視線を向けないようにしながら、緊張した口振りで言う。まるで禁忌を破ろうとしているようだ。
「何もないよ」
その回答に次の言葉が被さる。
「ああ、『ない』と思って生きてきた。存在を無視してきた。だから見えないんだ」
「何言ってるの?」
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