第316話

 その不毛なやりとりに、先頭の琥太朗が不機嫌な顔を向ける。

「しゃべらないほうがいいよ。体力の無駄遣いだし、どこで誰に聞かれてるかわからないから」

「……うん」

 黙るしかない。

 まだ麓につかないうちに太陽が中空に上った。

 初夏と呼ぶにも早い季節、辺りは背の高い木々に囲まれているので、直接の日差しは受けていない。

 ――ハイキング日和だな。

 呑気にそんなことを思う。動いていてもそれほど暑くは感じず、不快な要素はない。

 ところが前を行く二人の歩みが明らかに遅くなったのに気づいた。

「大丈夫?」

 気になって何度か声をかける。しかし琥太朗は首を横に振るだけで足を止めようとはせず、たま子も無愛想に「ああ」と唸るように声を出すだけだ。

 寺子屋は体育に関してはスパルタ教育である。例えばマラソン大会では、八歳まではハーフマラソン、一二歳まではフルマラソン、それ以降になるとフルマラソン二周分を走らされる。

 身体の小粒さに反してエネルギーがあり余っている琥太朗など、前回の大会では、その必要もないのに八四キロ超を走りきってみせた。

 もちろん狭いマチなので、それだけのコースを用意するのは簡単ではない。郊外の農村地帯や山間部も通り抜けるように設定されている。

 そのため、ファミリーやマチナカを快く思っていない現地の人々が仕掛けた罠やゲリラ攻撃を掻い潜りつつ、また年少者を庇いつつ、場合によっては負傷者を背負いつつの走行になる。

 罠の一例は地雷で、決しておふざけのレベルではない。

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